1.14. 再構築の男! スパイd
その男は、船場山ヒゴノカミと名乗った。
「実際、あれはたまらんかったぞ。この身に冷凍睡眠機能が無ければ、ワシはとうの昔に朽ち果てておったろう」
「朽ち果て……って、いったいどれくらい寝ていたのですか?」
「さあな、もはやどれ程の歳月が経ったことやら」
昨日、僕に向けてミサイルの雨を降らせてきた男は、コタツの向かいでミカンを齧りながらそう零した。
出で立ちは昨日見たままだが、伸び放題の髪だけは頭頂部で結わえつけられている。長くて邪魔なのだろうが、ちょんまげと言うよりも噴水のようなそれは何とも滑稽だ。
先程相対した際には昨日の惨状を思い出して随分と取り乱したのだが、暫くの対話を経て、男への印象は一変している。
彼は実に温厚な青年だったのだ。昨日の狂暴さは一体何だったのか。
抜群に目付きが悪いのは相変わらずだが、到底初対面で襲い掛かって来るような人間とは思えない。
では何故、いきなり交戦する羽目になったのか?
彼の話を聞いた限りでは、「不運だった」と言う他ない。
その「不運」について理解するには、彼の身の上について知る必要がある。
まず、あのクレーターだらけの星についてだが、あそこには彼をサイボーグに改造した組織の本拠地があったらしい。元は高度に機械化された惑星だったというが、彼によって徹底的に破壊された結果があのクレーターまみれだと言う。
曰く「突然拉致されて面白半分で改造された」のだから当然か。もはや文明の一片すら見えない程の破壊ぶりから彼の怒りや怨念がわかろうというものだ。
しかし、お茶目さんな彼はその徹底的な破壊によって自らの帰還の手段まで破壊してしまい、結果としてあの星に一人で取り残される事になったそうだ。
そこで仕方なく冷凍睡眠に入って帰還のチャンスを待っていたのだが、そんなところにやって来たのが僕だった。
飛翔体(僕)を検知して冷凍睡眠から復帰した彼は、とんでもない物を目にする事になる。
生身の人間(僕)が空から降ってきて、クレーターを作りながらも無傷で着地を決め、その直後に平然と行動し始めたのだ。
これは尋常な事じゃあない。
その謎の人物(僕)に対し、かつてない恐怖を感じた彼は、それでも帰還できる可能性を捨てる事もできずに、ああいった行動をとってしまった。
確かに、あの状況では動揺する気持ちもわかる。
ロクに話もせず実力行使に移った事に関しては、やたらと丁寧な謝罪を受けた。
当然不問にしたのだが、こちらとしても即座に逃走せず、少しでも話し合う努力をすればあんな事にならずに済んだのかもしれない。
今後はどんな状況下でも「対話する努力」を怠らないように気を付けようと思った。
「そういえば、ご出身はどちらですか? やはり熊本」
「いや、岐阜の美濃加茂の辺りでな」
「えええ……」
そして、予想通りと言うか、何というか、彼は日本人だった。
思えば最初から言葉が通じていたので、あんな状況でなければすぐに気が付いたかもしれない。名前も非常に日本人ぽい、と言うか日本人としか思えない。
ただ、これは知らなかったのだが策馬式には自動通訳機能が備わっているとの事で、知らない言語でも日本語に聞こえるらしい。
便利だが、場合によってはややこしい気がする。
「ところで、まり子殿の用が済んだら一度岐阜の実家に帰らせて貰いたいのだが、構わんだろうか?」
「ええ、いや、まぁ、お引き留めする理由はありませんが」
不意に真顔で帰省を申し出てきたが、何かマズイだろうか。
答えた通り、僕には引き留める理由は無い。もっと言えばそんな権利も無い。
「すまない、頼み方が卑怯だった」
彼は手にしていたミカンを置き、少しばかり改まった表情で続けた。
「実家に帰った後、ここに戻ってきてもいいだろうか。もし、差支えなければ、しばらくの間、ここに住ませて貰いたいのだ」
帰省の願いではなく、戻ってくる事についてか。
ここに住むとなれば、そこそこ問題がある……か? いや、特に問題無いような気がする。
この無暗に巨大な入道相国には空いている部屋が無数にある。僕が利用している乗組員室三〇一号と同じ間取りの部屋だけでも四千ほどあるらしい。
であれば、住人が一人増えたところで何ともないだろう。
いや、しかし、その「一人」というのがこのサイボーグでは事情が違う気もするが、どうだろうか?
この男は、ミサイルや銀色の棒といった凶悪な兵器の使い手だ。船内で暴れられると入道相国が壊れはしないだろうか? 惑星一つを焦土にした男なのだから、その気になれば入道相国を破壊する事もできるかもしれない。
流石に今この場で「入道相国壊せますか~?」などと聞くのは憚られるので、後でまり子に所感を聞いてみよう。
それにしても、正直言って忖度してしまっている自覚はある。聞いた限り酷い身の上なので少しくらい力になりたいと思う。ここで断って追い出すのは心苦しすぎる。
もちろん、あの身の上話が嘘っぱちな可能性もあるが、そんな嘘をつく必要性が思いつかない。
嘘をついて何かメリットがあるか? 僕に取り入るためか? 例えば、入道相国を狙っているとか?
確かにそれはあり得るかもしれない。しかし、管理者権限の譲渡は簡単ではないし、力ずくで奪い取る事は事実上不可能だ。だから、その点については気にする必要はないだろう。
仮にこの男がよからぬ事を企てていたとしても、入道相国の内部に居れば常時まり子の監視下に置かれる事になる訳で、何かあっても即座に「処理」される。
だから危険も無いはずだ。多分。
とはいえ、念のためまり子に確認したいところだ。そう考えて、何気に壁のディスプレイに目をやると「問題ありません」と明朝体で表示されていた。
どうやらまり子のお墨付きが出たようだ。
「ええと、まぁ、構いませんけど」
「くっ! 御免!」
返答を聞くがはやいか、彼は即座にこたつから抜け出すと、一歩下がって床に両手をつき、頭を下げた。
「言葉では礼を尽くせません。狼藉を働いたこの身を故郷へと導いてくれた上に、住む場所までも都合して貰えようとは、この恩は一生をかけて返させていただきます」
その絞り出すような声を聞いて、何やら面倒臭い事になる予感がした。
-/-
「それでは行って参ります。土産を楽しみにしておいてくだされ」
にこやかに告げて船場山は帰省して行った。
勿論、入道相国から歩いて帰る訳にはいかないのでまり子が転送したのだが。
転送先は岐阜の山奥だ。いっそ、彼の実家の真正面に転送する事もできたのだが、彼が「山奥にしてくれ」と要求したのでそうなった。
やはり、彼もいきなり家族と再会するのは躊躇われるのだろうか。ある程度長い距離を歩くのは、心の準備をするのに丁度いいのかもしれない。
それでも、山奥である必要は無いと思うが。
と、そう言えば。
「まり子、結局あの星は接収できるの?」
忘れていたが、そもそもあの男をここに呼んだのは、まり子があの星を欲しがった為だ。
改めて思うが、スケールの大きな話だ。星が欲しいとかって。
「はい、少々懸念はありますが、問題なく接収できそうです」
その「少々懸念」というのが引っかかるのだが、あえて追求しないでおく。どうせ聞いても僕にはどうしようも無い事だろうし。
さて、それよりも、棚に上げた問題を処理しなければならない。
クラミン先輩の問題だ。
電話口でウチに来るとか言っていたが、放っておくと本当に来てしまうだろう。
正真正銘、あの人は行動力と体力が有り余っているから性質が悪い。
実際、今は電車が止まっているお陰で来襲を免れているが、それが無ければすぐにでもピンポンが鳴っておかしくないのだ。
これは誇張ではない。あの人ならやる。
あの人の行動力は侮ってはいけない。
何しろ残業で遅くなった金曜の午後二十六時頃に「おい、飲みに行くぞ」とか言う人なのだ。
あれは忘れもしない。あの時連れていかれのは熱海にある個人経営の居酒屋で。鶯谷でタクシーを拾い、三時間ほどもかけて移動したのだから頭がどうかしている。そして到着したのは午前五時頃で当然店が開いている筈もないのだが、シャッターを叩きながら「開けろー!」とかやり始めたのを見た時は目眩がした。
古来より「タフ過ぎて損は無い」とは言うものの、周りの人からすれば損かもしれない。いや、クラミン先輩よりもタフ過ぎれば屁でもないのか。やはり、タフ過ぎて損は無い。
若干話が脇道に転落したが、そういった理由でクラミン先輩への対策は必須で急務だ。
すぐに取り掛かった方が良い。
そもそもウチに来られないように説得するのは当然だが、押し切られた場合を想定して、あのハリボテの家も何とかするべきか。
……と、いや待て。クラミン先輩にはウチの住所を教えてないから、いきなり来られる事は無いはずだ。世間話で大まかな場所を喋った記憶はうっすらとあるが、流石に特定は出来ないだろう。表札も出していないし。
猶予はあると見えたが、しかしそれでも念には念を入れた方が良いだろう。
「まり子、僕の家だけどさ、急いであれを直すとしたら、どれくらいの時間でできる?」
「はい、英治さんの家ですね。あれでしたら一時間以内で修復可能です」
「早っ」
そんなに早く直せるのか。
「ただし、入道相国の資材を使った場合に限ります。日本の工法や資材を使う場合はお金がかかりますし、時間ももっとかかりますよ」
入道相国の資材と言うのは、文字通り入道相国の内部に保管している資材の事だ。当然、超文明が開発した建築資材なので地球上に存在する如何なる建築資材よりも高性能だったりする。
「ああ、僕も諦めがついたから、入道相国の資材で問題ないよ」
スタンチョーユ博士の誤爆によって焼け落ちた僕の一軒家だが、入道相国の技術で再建可能だというのは当初から聞いていた。
でも、最初はそれが嫌だったのだ。
新築4LDKの一戸建て。それが僕の家だった。
残念ながら注文住宅には手が届かなかったが、使いやすそうな間取りの建売を調べに調べて探し出した一軒だった。
十八で就職してから必死に働いて働いて、切り詰め、節約した成果を頭金として叩き込み、三十五年のローンを組んで手に入れた渾身の一軒だった。
敷地面積は狭く、庭と呼べる庭は無いが、車一台を停めるスペースがある。
家自体も小ぶりだが、それでも建蔽率一杯まで床面積を取ってあり、普通に生活する分には充分な広さがある。
ただし、隣の家との距離は近い。その代わり防音がしっかりしているので、生活音に悩まされることはない。
都心までは遠い。職場まではドアツードアで二時間弱といったところ。最寄りの駅までは歩いて三十分だが、バスに乗れば五分程度に短縮できる。
会社の同僚には、なぜそんな家を買ったのかといぶかしがられたが、自分なりに比較検討した結果であり、満足して買ったのだ。
引き渡しの日の事は昨日のように覚えている。
この家を礎として、これからの人生を堅実に歩んでいこう。
あの時、僕はそんなことを考えていた。
それが今では。
「英治さん? 英治さん!」
「ああ、はい? 何?」
感傷に浸って話を聞いていなかったようだ。いい加減吹っ切れたと思っていたのだが、まだ傷は深いのかもしれない。
「もう家の再建に取り掛かっても良いのでしょうか?」
切っ掛けがクラミン先輩なのが少々気になるが、いつまでもウジウジ停滞してもどうしようもない。一歩踏み出せば、何かしら得るものがあるはずだ。
「そうだな。まり子、僕の家を直してくれ」
「はい。すぐに取り掛かります」
オーバーテクノロジー満載の家が再建されるのは目に見えているが、まり子なら上っ面だけでもなんとかしてくれるだろう。
少々不安もあるが、どんな家になるのか楽しみだ。
さて、後は一番厄介な問題を何とかしなければならない。




