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自宅が超次元宇宙戦闘母艦の場合  作者: 下書き
1. 自宅が超次元宇宙戦闘母艦の場合
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1.1. NOK

「こんばんは。NOKの本山(もとやま)と申します。受信料の確認に参りました」


 ラジコンカーの整備をしていた手を止め、時計に目をやると時刻は日本時間で夜の九時を過ぎていた。

 三月も下旬に差し掛かり、夜間の冷え込みは幾分穏やかになったとはいえ、まだまだ寒い。

 そんな中、モニターに映った「本山」と名乗る人物は、黒のスーツをビシッと着こなし、片手にクリップボードを携えて立っていた。

 スーツ、いわゆるビジネススーツという物は防寒着としての性能は低い。その為、冬場は上に外套を羽織るのが通常だが、この男はスーツの上に何か羽織っている様子は無い。

 また、手荷物もクリップボードの他は、横に置いてある薄っぺらいカバンしか無いようだ。当然、上着の類が入っている様子はない。

 しかし、その男は寒さに身震い一つせず、口元に穏やかな笑みを浮かべて立っていた。穏やかな笑み、と言うものの、その表情は暫く眺めていても一切変化していない事から一種異様な凄みがあった。


 もしや、この男、ロボットなのではないのか?


 そんな事をつらつら考えていると、反応のない事にしびれを切らせたのか、男が呼び鈴を連打し始めた。


 ピンポーン! ピピンポーン! ピピンピンピピピピンポーピピピンポーン!


「ああ! はいはい! すぐ行きますよ!」


 大音量で鳴り響いたチャイムに慌てて返事をすると、男に声が届いたのかチャイムの連打が止まった。

 静かになってホッとすると同時に少し後悔した。うっかり「行きます」と返事をしたが、わざわざ出て行かなくてもインターホンで対応すれば良いのだ。

 何が楽しくてこんな時間に対面でNOKの応対などしなければならないのか。


「えーとですね、ウチにはテレビ」


 ピピピンポーン! ピピピピピピピピンピピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


「わかりましたわかりました! 行きます行きます!」


 どうやら顔を見せなければ鳴り止みそうにない。

 いっそ通報してやろうかとも思うが、それも面倒だ。なにより、国家権力には極力お世話になりたくない。


「まり子、玄関に転送してくれ」

「はい」


 返答を聞いた時点で景色が切り替わり、目の前には茶色い玄関扉があった。これはつまり、モニターの画面が切り替わったのではなく、僕自身がこの玄関に転送されたことを示している。

 つっかけを穿いて土間に降り、サムターンを二つ捻って扉を押す。カキッと音が鳴り、チェーンが伸びきる限界まで扉を開いた。


「あ、どうも、NOKの本山と申します。受信料の確認に参りました。テレビはお持ちですよね? 恐れながら、まだ契約をされていない様ですので、こちらに記入をして、ポストに投函をお願いします」


 流石NOKの手先だ。丁寧な口調と物腰だが、こちらの言い分どころか名前すら聞かずに契約を迫ってくる。名前を聞かれたら「ヒザの裏痒太郎です」とかイイ加減な名前を答えようと思っていたのだが残念だ。

 いっそ、この申込用紙にデタラメを書いて投函してやろうかしら。オホホ。


「記入が面倒とは思いますが、お手間は取らせません。必要事項は最低限ですが記入済みですので、いっそこのまま投函して頂いても構いませんよ」


 流石NOKの手先だ。抜かりがなさすぎる。

 どんなに落書きして投函しても、何事もなかったかのように契約されてしまいそうだ。


「あー、すみませんが、うちにはテレビ無いんですよ」

「ええ? そうなのですか? でもスマホやパソコンはお持ちですよね? テレビ番組が見れるなら契約が必要ですよ?」

「スマホは持っていませんし、パソコンも無いです」


 スマホはおろか携帯電話の類は本当に持ってないし、パソコンは無い。あくまでも「パソコン」は。


「本当ですか? 流石にスマホは持ってるでしょう?」

「いや、本当に無いです。契約はしませんので帰ってください」


 そう告げると、本山氏は「ではまた伺います」等と言い残して去っていった。もう来ないでほしいのだが、それは叶わないだろう。

 扉を施錠して奥に向き直ると、正面には壁があり左右に扉が見える。かつて、左手の扉はトイレに、右の扉はリビングに繋がっていた。

 そう、全ては過去形でしかなく、今はこの狭い玄関ホールがこの家の全てなのだ。外観は辛うじてハリボテで取り繕っているが、その実体は焼け落ち崩れ果てた廃墟だ。


「まり子、そっちへ転送してくれ」

「はい」


 転送先は、地球から約三十八万六千キロメートルの彼方にある。

 具体的には、月の裏側を衛星軌道に乗って周回する超次元宇宙戦闘母艦「入道相国」の乗組員室三〇一号。そこに置かれたコタツの脇一メートル程の地点だ。

 目の前の景色が切り替わり、転送が完了したことを理解する。

 それは、見慣れた「自分の部屋」だ。

 広さは六畳ほどで、壁と天井は白っぽく、床には茶色いラグが敷いてある。家具類は、壁際に置かれたパイプベッドと本棚が二つ。本棚横の壁面には六十インチ程のモニターが埋めこまれており、今は玄関のインターホンに付いたカメラの映像が映っている。


「まり子、モニター消して」

「はい」


 モニターがふわりと暗転して外界との接続が終了する。

 そして向き合うのは部屋の中央にあるコタツだ。


「はぁ、よっこいせ」


 コタツに入ってラジコンカーの整備に戻る。

 このコタツの上に堂々と鎮座する物体は最近買ったラジコンカーで、その名を「ライトニングブレット」という。

 ちなみにこれは、世界的に有名な星のマークのメーカー製だ。

 発売時期は僕が生まれるよりも前で、当然ながら生産終了品となっていた。ところが、近年懐古ブームか何かで突然復刻され、近所で普通に販売されていたので思わず購入したのだ。

 当然だが設計自体が相当古い為、内部構造は洗練されていない。しかし、そんな事はどうでもいいのだ。僕が小さい頃に憧れたのは、この古いラジコンカーなのだ。

 フッと息を吐き出し、気分を切り替えて部品と向き合う。


「んん?」


 違和感があった。

 先程NOKが来たとき、デファレンシャルギヤが封入されたギヤボックスを分解したところで中断したはずだが、なぜかギヤボックスが組み立てられているのだ。


「まり子、これ触った?」

「いいえ、触れておりません」


 おかしい、現在この船に搭乗しているのは僕一人のはずなのだ。


「じゃあ、誰がこれを組み立てたの?」


 まり子は「入道相国」の制御コンピューターだ。本人(?)の談によれば、艦内の事に関してはミジンコ一匹に至るまで管理しているという。……この船にミジンコが乗っているのかは不明だが。


「英治さんが組み立てました」

「えっ? 僕が?」


 組み立てただろうか? かなり集中して作業していたから、無意識の内にうっかり組み立ててしまったのか?

 いや、やはりおかしい。

 そもそもギヤボックスを開けた理由は、グリスの塗り直しの為だ。しかし、グリスを使用した形跡が無い。新品のグリスが未開封のままだ。


「グリスを塗り直さなきゃいけなかったんだけど」

「えっ? そうだったのですか?」


 ……どうも怪しい。

 怪しいが、まぁいいだろう。高々ギヤボックス一つ、もう一度分解すればいいだけの話だ。

 気を取り直してドライバーを手にする。

 このドライバーもこだわりの品だ。

 何が「こだわり」なのかを説明するには、まず「ねじ」について説明せねばならない。

 この世には、ドライバーに対を成す物として「ねじ」が存在する。

 ねじについての詳細な説明は省略するが、ラジコンカーやプラモデルなどの玩具類に限らず、一般的によく使われるのは俗に「プラスねじ」と呼ばれる物で、これはその名の通りねじ頭に十字の溝が切ってある。厳密には、この「プラスねじ」というものにも色々な種類があるのだが、まぁそれはいい。

 この「ねじ」だが、僕の組み立てた「ライトニングブレット」にはプラスねじを一切使っていないのだ。その代わりに「ヘキサ」という特殊なねじを使っている。

 実は、「ヘキサ」という呼び名は僕の職場近辺だけで通用するローカルなもので、一般的には「ヘックスローブ」等と呼ばれている。これは、頭に刻まれた溝が六枚歯の歯車のような形状をしており、ねじ山の強度や回し易さでプラスねじを凌駕する素晴らしいねじなのだ。

 プラスねじに劣っているのは価格くらいだろう。

 そして、このヘキサを回すのがこのヘキサ用ドライバーなのだ。ステンレスの削り出しで作られ、ほどよくしなる適度なねじれ剛性をもち、樫製の手になじむハンドルを備えた逸品である。

 ハンドル部分に「いぶし銀の職人技」とローマ字で刻まれているのが何とも渋い。たまらない。

 これをねじ頭へ垂直に差し込み、くるくる、と軽やかに回転させる。


「……んん?」


 おかしい。妙に手応えが無い。軽やかに回転しすぎる。しかも一向にねじが緩まない。


「あれ!? ねじ山がない!」


 ドライバーを外してねじ山を確認すると、ドーナツ状の滑らかな溝が穿たれていた。本来なら放射状に六本の溝が存在するのだが、その面影は一切なかった。

 これでは、ねじを外す事ができない。


「まり子! ねじ山つぶれちゃってるんだけど!」

「え? あれ? 少し見せていただいて良いですか?」


 その言葉と共に、天井からピンポン玉のような物体が降ってきた。

 ピンポン玉はこたつの上まで降下すると、そこから高度を下げずにふわりと浮遊して、僕の手元にくるりと回り込んできた。

 表面の一部に円いレンズのようなものが見えたので、恐らくカメラが埋めこまれているのだろう。


「つるるつるつるですね」

「つるる……、じゃなくてっ! これお前の仕業だろ! どうすんだよこれー!」

「えっと、その、すみません。ちょっと興味があって……」


 NOKの応対中に弄くっていて、僕が戻る時に慌てて組み立てたせいでねじ山を潰してしまったらしい。

 どうやればこんな滑らかにねじ山を潰せるのか不思議だが、まり子にそう言うと、ピンポン玉から歯医者のドリルみたいなのがにょきにょき生えてきてチュイーンとやって見せてくれた。

 流石は銀河の果てから来た超文明だ。いったいピンポン玉のどこにそんな物が入る余地があるのか。


「これ、何とか直せないかな? ドリルで新しくねじ山を切ればいけると思うんだけど」


 そう告げると、暫くの沈黙の後にまり子が答えた。


「なんとかできると思います。ただ、少々検討したい事がありますので、このメカ一式をしばらくお借りしてもいいですか?」

「え? 一式? ライトニングブレット本体ごと?」

「はい。明日の朝までには直しますので」


 明日は久しぶりの休日なのだ。

 それで、近所の広場でラジコンカーを走らせようと思って整備をしていたのだから、朝までに直るのであれば問題ない。


「じゃあ、整備一式。グリスアップやねじの緩みチェックなんかもお願いしていい?」

「もちろんです」

「おーけー! 任せた!」


 暫くすると扉から謎の台車(?)が入ってきて、ライトニングブレットを運んでいった。

 なんだろうあれは、給仕用のワゴンに似ていたけど。

 考えだすと、周囲の物全てが謎なので厄介だ。

 早々に考えるのをやめて、地域の情報雑誌でも読むことにした。

 ああ、明日が楽しみだ。


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