第9話 妖刀は正体を見抜かれる
『私が動いても、いいですか』
「構わないよ」
「ありがとうございます」
主導権を得たネアは馬車を下りる。
彼女は堂々とした足取りで兵士達の前へと向かった。
そこに礼服を着た老人が現れる。
灰色の髪を撫で上げた糸目の男だ。
洒落た片眼鏡を着けたその老人は、ネアの記憶によれば側近らしい。
表向きは執事で、裏では密偵紛いの仕事も請け負っていたそうだ。
そんな老人は、ネアの前で一礼する。
「ネア様。お帰りなさいませ」
「あなたは無事だったのですね。良かったです」
「はい。あなた様がお帰りになられるまで、死ぬわけにはいきませんので」
丁寧に応じる老人だったが、その気配が不穏な色を見せた。
糸目がうっすらと開く。
金色の瞳は、睨むようにしてネアを――いや、ネアの裏に隠れた俺を捉えていた。
老人は殺気の込められた声で言う。
「――何者だ。ネア様の身体から出ていけ」
『すごいな。いきなり見破ってくるか』
俺は素直に感心する。
担い手に憑依した俺を感知できる人間は珍しい。
感知できたとしても、大概は術による認識だ。
ところが老人は、何らかの術を発動したわけではない。
ただ注視しただけで、俺の存在に気付いたのだ。
「エドガーは並外れた観察眼の持ち主です。直感的に察知したのでしょう」
「ネア様……?」
老人――エドガーは唐突に発言したネアを不審げに見やる。
ネアは彼を見つめ返して告げた。
「エドガー、貴方に紹介したい者がいます」
言い終えたネアは、俺に主導権を譲ってきた。
その途端、髪と目の色が変化し、刀の布が身体に巻き付く。
慣れた現象を知覚しながら、俺はエドガーに話しかけた。
「よう、いい勘をしているじゃないか」
「何者だと訊いている」
エドガーは殺気の純度を上げて応じた。
金色の瞳は、瞬きもせずに俺を凝視している。
小心者なら卒倒しかねない圧が込められていた。
かなり警戒されているようだ。
おそらくは、ネアを乗っ取っていると思われている。
俺は苦笑気味に名乗る。
「ウォルド・キーン。名前くらいは知ってるだろう?」
「……史上最悪の人斬りか」
「ははは、酷い言い様だ。もうちょっと配慮してくれてもいいんだぜ?」
俺は肩をすくめて嘆く。
間違いとは言わないが、もう少し柔らかい表現があるのではないだろうか。
例えば、最強の剣士と評してくれてもいい。
これも間違いではないのだから。
自らの印象を振り返っていると、ネアが要求を投げてきた。
『エドガーの誤解を解きます。代わってください』
「了解。任せるよ」
再び主導権をネアに渡すと、身体は元の姿に戻る。
エドガーや後ろで整列する兵士は動揺していた。
ネアは髪を指で梳かす。
「驚かせてしまいましたね」
「ネア様、これは一体……」
エドガーは困惑して言葉を失う。
そんな彼にネアは頷いてみせた。
「もちろん説明します。一つ先に言っておくと、ウォルド・キーンは敵ではありません――味方とも言い切れない部分がありますが」
『おいおい、冗談きついぜ。俺とあんたの仲じゃないか』
「浅い仲ですね」
ネアは冷めた口調で言い切る。
あまりの遠慮の無さに、俺は笑うしかなかった。