第71話 妖刀は新たな旅を始める
最終話です。
窓際に立てかけられた俺は、外の景色を眺める。
この位置だと陽光がよく当たる。
もし生身なら、温かさで欠伸の一つでも出ているところだろう。
(退屈だな……)
ぼんやりと考えながら屋外に意識を向ける。
外の開けた場所で、ビルとラモンが奴隷を整列させていた。
そのうち彼らに木製の剣を持たせて戦わせる。
奴隷の戦闘訓練は二人の日課であった。
ああやって日常的に戦力の底上げを図ってるのだ。
俺も後で顔を出してみようと思う。
骨のある奴も混ざっていそうだ。
暇潰しとしては、ちょうどいいだろう。
訓練風景を見学していると、室内を走る足音が聞こえてきた。
随分と騒がしい上、だんだんと近付いてくる。
このようにうるさい人物を、俺は一人しか知らない。
(おっと、来たか)
考える間に部屋の扉が開かれた。
現れたのは一人の少女だ。
紺色の髪に緑色の瞳で、快活な雰囲気を発している。
彼女の名はニーナ。
この家に住む少女だ。
俺を見つけたニーナは、元気に挨拶をする。
「ウォルド様、こんにちは! お母さまを知りませんか?」
『ああ、確か隣の部屋にいるはずだが……』
そんな会話をしていると、開いたままの扉からネアが顔を出した。
白い軍服を着た彼女は、じっとこちらを見ている。
そこにニーナが駆け寄った。
「お母さまっ!」
抱き付くニーナをネアは優しく受け止める。
楽しげに会話を始めた両者を、俺は窓際から観察した。
ふとニーナの横顔に注目する。
かつてのネアを彷彿とさせる容姿であった。
(……懐かしいな)
ネアと契約してから十八年が経過した。
内乱を越えた王国は安定し、新たな政治制度を築いている。
民の代表が集まって国の方向性を決めるらしいが、俺は興味がないのであまり聞いていない。
もちろん当初は混乱も起きた。
従来の貴族階級という仕組みを解体しようとしたため、それに伴う内乱も勃発した。
しかし結局は旧独立派の軍隊が制圧し、新たな制度を浸透させることに成功している。
当時は暴れさせてもらった。
それなりに魂が集まったので満足している。
王国にもようやく平穏が訪れた。
内乱の傷跡は各地に残るも、既に復興作業も開始している。
いずれ外交も始まっていくのだろう。
なかなか大変そうだが、それらをこなすのが生き延びた人間の仕事である。
ネアもこの十八年で聖女として名声を高めていた。
それに見合うだけの実力も備えている。
様々な苦難を乗り越えてきたことで、今や大陸一の剣士と呼ばれるほどだ。
おかげでこの妖刀――つまり俺は聖剣と呼ばれるようになってしまった。
聖女の扱う剣だから聖剣らしい。
厳密には剣ではなく刀なのだが、そういった違いを一般の人々は気にしない。
妖刀が聖剣と呼ばれる時代が来るとは、世も末だろう。
ちなみにニーナはネアの弟子であり養子だ。
ニーナが赤ん坊の頃、孤児院から引き取った――という設定である。
実情については、ごく一部の者しか知らない。
本人すら知らない出自であった。
その頃のネアは人前に出ないようにしてたので、真実は広まっていないだろう。
『…………』
俺はニーナを一瞥する。
成長をずっと見てきたが、今更何か思うということもない。
ニーナはいつもニーナだ。
それ以上の感想は出てこなかった。
「えっ! 本当にいいのですか!?」
ニーナが驚きの声を上げた。
ずっと聞き流していたが、何の話をしているのだろう。
俺は意識を二人のやり取りに向ける。
「はい、貴方になら託せます」
「あ、ありがとうございますっ!」
ネアに感謝の言葉を告げたニーナは振り向いた。
彼女は俺の前まで来ると、いきなり頭を下げてくる。
「ウォルド様、これからよろしくお願いしますね!」
ニーナは上機嫌だった。
張り切った様子で妖刀を掴み上げると、腰に差そうと苦心し始める。
不器用な彼女は何度も失敗していた。
その最中、俺はネアに尋ねる。
『おい、どういうことだ』
「貴方をニーナに受け継いでもらうことにしました」
『そいつはまた唐突だな……』
「以前から考えていたことです。ニーナが旅をしたいと言っていましたので」
それは俺も知っている。
ニーナもそろそろ成人する年齢だ。
幼い頃から国外を見て回りたいと主張しており、そのための努力をしてきた。
ネアやエドガーが戦闘術の指南をしたことで、彼女は下手な兵士よりよほど強い。
実力は十分だろう。
そして今回、ニーナのことを心配して許可を渋っていたネアがようやく折れたわけだ。
舞い上がるニーナに揺さぶられながら、俺はネアに問いかける。
『あんたは俺がいなくても平気かい?』
「無論です」
ネアは即答する。
その様子からして嘘ではない。
確かにネアは、妖刀を使わずとも誰にも負けない強さを手に入れた。
さらに鋼の如き精神力も獲得しており、昔とは比べ物にならないほどの成長している。
そばで見てきた身としては、驚嘆するような変化だった。
ネアは苦難を乗り越えるたびに強くなってきた。
まさに英雄そのものである。
ネアは背筋を伸ばした。
彼女は凛とした眼差しで俺に確認をする。
「ニーナに同行していただけますか?」
『――任せろよ。立派な人斬りにしてやる』
答えると同時に、俺はネアとの契約を解除した。
合わせてニーナを新たな担い手に定める。
それを感知したネアは、温かな目で微笑んだ。
どこか寂しげな気配も覗くが、彼女なら大丈夫だろう。
今生の別れというわけでもない。
また会いに来ればいい。
「ウォルド様! これからよろしくお願いしますっ!」
『ああ、よろしく』
挨拶を済ませたニーナは、いきなり部屋を飛び出した。
自室でさっそく旅の支度でもするつもりなのだろう。
途中、廊下で執事のエドガーとぶつかりそうになった。
ところがエドガーは華麗に回避してみせる。
それには留まらず、よろめいたニーナの手を引いて転倒を防いだ。
もうかなりの高齢だというのに、その身のこなしは未だに衰えを知らない。
優雅に立ち去る執事を横目に、ニーナは自室へと到着する。
彼女は私物をひっくり返しながら、旅に必要な物を鞄に詰め込んでいく。
腰に固定された俺は、その様を見守る。
希望に溢れるニーナの顔は、見ていて飽きないものであった。
(我ながら丸くなったな……)
内心で自嘲する。
ここ十数年は甘い生活を送ってきた。
人斬りとしては失格だが、こればかりは仕方ない。
自ら選択した以上、悔いはなかった。
聖女ネアによる報復は、一旦の終焉を迎えた。
そして妖刀はニーナへと受け継がれた。
ここから彼女は、新たな冒険を始めるのだろう。
まだまだ未熟な目立つが、だからこそ鍛え甲斐がある。
そこまで考えたところで俺は気付く。
(……ん?)
ニーナの右側の瞳が、血のように赤くなっていた。
そして一瞬だけ獰猛な笑みを見せる。
自然な表情だが、なんとも親近感を覚える気迫があった。
『――上出来だな』
「何がですか?」
『色々だ』
不思議そうなニーナだが、早くも妖刀の影響を受け始めている。
ネアに引き続き面白い才能を持っているらしい。
これは良い退屈凌ぎになるだろう。
次の担い手も、人斬りとして楽しませてくれそうだ。
これにて本作は完結となります。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
新作の連載を始めましたので、下のリンクより飛んでいただけると嬉しいです。




