第70話 妖刀は報酬を受け取る
俺は二本目の煙草を取り出した。
口にくわえると、先ほどと同じ要領でネアが点火する。
しばらく煙草を無言で味わう。
城下町の盛り上がりがここまで聞こえてくる。
よほど楽しんでいるらしい。
根本的に彼らは催しが好きなのだ。
その内容が宴だろうと処刑だろうと構わないのだろう。
徐々に短くなる煙草を眺めていると、ネアが話題を振ってきた。
「次はいつ受肉できそうですか?」
「少なくとも数十年後だろうな。よほど人間を斬り殺せば、それも縮まるとは思うが」
それも一時的な受肉に限った話である。
完全復活するためには、その何十倍もの年月がかかるだろう。
ネアに披露する機会はもうない。
「……いいのですか?」
「何がだ」
「せっかくの受肉なら、もっと有意義な時間を使うべきかと思います」
ネアは真摯な口調でそう主張する。
彼女の言いたいことは理解できた。
ここで無駄話をしている暇があるのかと言っているのだ。
対する俺は、肩をすくめて笑う。
「美人と話しながら、酒と煙草を満喫しているんだ。これ以上の贅沢は望まないさ」
「……っ」
ネアは唇を噛んで険しい表情をする。
俺の返しが不快だったのだろうか。
その割には嫌悪感を覚えている様子はなく、かと言って喜んでいるようにも見えない。
よく分からない反応だった。
謎の表情に首を傾げていると、ネアは姿勢を正す。
彼女は俺に向かって頭を下げた。
「この度は、本当にありがとうございます。貴方のおかげで、独立派は滅びずに済みました」
「気にすんな。俺も楽しませてもらったよ」
乗り気でなければ、ここまで手を貸さない。
さっさと死んでもらって、次の担い手を探していただろう。
協力したのは、ネアに興味が持てたからだ。
それだけの逸材である。
人斬りに選ばれたのは、彼女自身の努力によるものだった。
俺は夜空に向けて紫煙を吐き出した。
顔を上げたネアに笑いかける。
「それより本番はこれからだ。国の平穏を取り戻すには、まだまだ道は長いぜ?」
「そうですね。力を尽くしましょう」
ネアは上目遣いで微笑む。
今まで見せたことのない表情であった。
彼女はこちらに歩み寄ってくると、俺の首に両腕を回す。
そして顔を近付けてきた。
唇に柔らかい感触が伝わり、すぐに離れていく。
気が付くとネアは、澄ました顔で目の前に立っていた。
「…………」
俺は足元を見る。
いつの間にか、煙草を落としていた。
その火を踏み消しつつ、俺は彼女に尋ねる。
「……どういう風の吹き回しだい」
「次なる目的に向けた前払いです。足りませんか?」
ネアはいつもの冷淡な表情で言う。
いや、よく見ると頬が僅かに紅潮していた。
さすがの聖女様も、勇気のいる行動だったらしい。
俺は酒瓶を置くと、ネアの腰を抱き寄せる。
困惑する彼女を見下ろしながら、意気揚々と告げた。
「――ハハハ、まったく足りねぇな。世界最強の人斬りを雇うんだ。もっと寄越しな」




