第7話 妖刀は都市に辿り着く
幌馬車はその後も移動し、幸いにも誰とも遭遇することなく主要都市に付近まで到着した。
俺は奴隷達と同じ空間に座りながら、道中の光景を思い出す。
各地に焼かれた村や街など戦禍の痕跡が見られた。
新王派の攻撃を受けたのだろう。
肝心の軍がいないのは、ここから離れた地点にいるのかもしれない。
独立派の領地は、それなりの広さがある。
遭遇した場合は殲滅するつもりだったが、馬車が巻き添えを受けてしまう。
何事も無く移動を続けられてよかったと思う。
俺は馬車の隙間から前方を覗く。
そして眉を寄せた。
(あれは……)
主要都市の外壁が破損していた。
まだ防御能力は維持しているものの、明らかに外部から攻撃を受けている。
門が閉じているので詳細は不明だが、都市内からは黒煙も立ち昇っていた。
『ついにここまで侵攻を……ッ』
ネアが焦りを見せる。
街の様子を目にして、今にも走り出しそうな衝動に駆られていた。
俺は彼女を抑え込んで、身体の主導権を奪われないようにする。
彼女は強靭な精神力を持つ。
油断すると強制的に反転する可能性があった。
歴代の担い手を振り返っても、かなり特殊な例である。
さすがは英雄といったところだろう。
俺がネアを封じる間、幌馬車は門へと向かう。
その際、奴隷商に命じて速度を落とさせた。
警戒されないようにするための配慮だ。
門の向こうには、多数の人の気配があった。
いきなり攻撃されても困る。
一定の距離まで近付いたところで、鋭い声が飛んできた。
「止まれ! 何者だッ!」
外壁の上に複数の兵士が現れた。
彼らは即座に弓を向けてくる。
機敏な動きだった。
警戒態勢がしっかりと敷かれている。
この都市はまだ滅びたわけではない。
それどころか懸命に生き延びようとしていた。
「ウォルドの旦那、どうする?」
奴隷商が俺に尋ねる。
事情を話した後から、彼は俺のことを旦那と呼ぶようになった。
既に順応しているようだ。
「少し待ってくれ」
俺は主導権をネアに移した。
相手を殺してはいけない以上、俺の出る幕ではない。
ここはネアの本拠地だ。
彼女に任せるのが一番だろう。
身体を得たネアは馬車から出る。
その姿が晒されたことで、兵士達がざわめいた。
相手が誰なのか理解したのだ。
彼らにとっては希望そのもの――すなわち聖女である。
ネアは兵士達に向けて命令を口にする。
「――開けなさい」
たったその一言だけで、固く閉ざされた門が開き始めた。
彼女は平然と馬車の中に戻る。
馬車はゆっくりと進み始めた。
無論、兵士達が攻撃してくることはない。
『大した求心力じゃないか。尊敬するよ』
「ありがとうございます」
ネアは澄ました顔で応じる。
なんとも可愛げのない返答だったが、実に彼女らしい。
そうこうしている間に、幌馬車は都市の内部へと入った。