第65話 妖刀は本領を発揮する
猛然と突進してきた聖騎士が、最小限の動作で剣を振るった。
軌道を見切った俺は、僅かに背を反らして躱す。
眼前を掠める刃が、魔力で編まれた黒い衣服を切り裂いていった。
紙一重で回避した俺は、刺突を繰り出す。
聖騎士は盾で受け止めながら、飛び退いて距離を取った。
たたらを踏んでいる辺り、完全には衝撃を殺せなかったらしい。
彼の視線は、盾を持つ手を確かめていた。
痺れか痛みでも感じているのだろう。
(よくやっているが……まだまだだな)
俺は聖騎士の奮闘ぶりを評する。
戦いが始まってからそれなりに経つ。
聖騎士は懸命に致命傷を逃れつつ、果敢に攻撃を繰り返していた。
彼は俺との戦いの中で成長している。
元来の才能だろう。
性根は冷酷かつ外道だが、その実力は本物であった。
ネアでは敵わない相手である。
強力な不死者となった今、聖騎士は一騎当千の怪物と化していた。
しかし、俺を凌駕するほどではない。
俺は途方もない年月を殺し合いに費やしてきた。
数々の担い手と出会う中で、強者と命を奪い合っている。
聖騎士は確かに強いが、敗北の予感は皆無だった。
ひとえに経験の差で圧倒している。
「く、そぉ……ォッ」
聖騎士は猛然と攻撃を仕掛けてくる。
血を振り撒きながらも、その動きは微塵も緩まらない。
肉体の限界を超過しているようだが、負荷を再生能力で抑え込んでいるらしい。
とてつもなく苦しみだろうに、それを感じさせない気迫だ。
俺に対する復讐心が、苦痛を和らげているのだろう。
(いい度胸じゃないか。悪くない)
攻撃を弾きつつ、たまに反撃を挟む。
刀が閃くたびに聖騎士の四肢が削がれた。
有利な立ち回りを防がれた彼は、負傷部位を庇いながら行動する。
聖騎士の治癒速度が、見るからに遅くなっていた。
単純な消耗が原因ではない。
肉体強化に力が割いているせいで、相対的に傷の治りが鈍化しているのだ。
しかし、聖騎士はそれでも攻勢を崩さない。
ここで停滞すれば死ぬと理解しているのか、大胆な動きを織り交ぜながら剣と盾を駆使する。
当初の慎重さは消えて、ひたすら猛攻に徹していた。
「ハァッ!」
気合の声と共に、聖騎士が大上段からの振り下ろしを放ってくる。
俺は刀を添えて斬撃をずらした。
剣は衣服だけを掠めて通過していく。
攻撃に失敗した聖騎士は諦めず、もう一方の腕で盾の殴打を繰り出してきた。
こちらの首を狙う軌道だった。
一気に畳みかけて即死を狙っているようだ。
技量で大敗している以上、彼にはそれしか手が無かった。
「いいぞ!」
歓喜する俺は、盾に拳をぶち当てて食い止めた。
骨の軋む痛みが走るも、許容範囲だ。
どうせ制限時間のある肉体なのだから、少し壊れたところで問題ない。
一方で聖騎士は衝撃で仰け反っていた。
そこからよろめきながら半回転すると、彼は器用に踏み込む。
さらには身をひねりながら突きを打ってきた。
俺は刀で動かすも、互いの武器はすれ違った。
防御を掻い潜った聖騎士は、さらに勢い付いて突きを押し込んでくる。
剣の切っ先が俺の皮膚に刺さった直後、彼の動きが唐突に止まった。
「う、ぁ……っ?」
驚愕する聖騎士は、視線をずらす。
彼の胸部から、結晶の刃が飛び出していた。
傷口から鮮血が溢れて白銀の鎧を濡らす。
苦悶する聖騎士の背後には、聖女ネアが立っていた。




