第62話 妖刀は窮地を見る
雨の降る戦場にて、ネアと聖騎士は戦う。
打ち合いは次第に加速し、両者の限界を超えようとしていた。
「ハァッ!」
聖騎士が剣を横薙ぎに振るう。
圧倒的な速度の斬撃を前に、ネアは防御を選んだ。
軌道上に刀を運んで身を守ると、そこから首を狙って蹴りを放つ。
対する聖騎士は身を沈めて躱した。
鎧を着ているとは思えないほどに自然な回避だった。
単なる身のこなしの良さだけではない。
ネアの動きから、攻撃を予期していたのだろう。
聖騎士は肩から体当たりをかます。
避けられずに衝突したネアは、軽々と吹っ飛ばされた。
彼女は風魔術で姿勢を整えると、落下速度を緩めて着地する。
「くっ……」
険しい顔のネアは左右の腕を回して調子を確かめる。
魔力の結晶で形成された鎧に亀裂が走り、一部が剥がれ落ちた。
体当たりによる損傷だ。
近距離での衝突だったが、相当な勢いだったらしい。
助走が付いていたら、これだけでは済まなかっただろう。
一方で聖騎士にはまだ余裕が窺えた。
涼しい笑みでネアの様子を眺めている。
彼は呼吸一つ乱していない。
不死者になったことで、持久力も人間を超越したようだ。
(不味い流れだな)
戦いはネアの劣勢で進行していた。
此度の経験で彼女は急速に成長しているが、剣術では聖騎士が勝る。
相手は国内最強の剣士なのだから仕方ない。
加えて不死者の強化もあった。
おそらく生前の数十倍の力を得ている。
本来なら肉体が自壊しかねない強化幅だが、再生能力に任せて成立させているようだ。
膂力の差も深刻で、細かな傷は自動的に治癒される。
まさに反則的な能力だった。
ネアの消耗も無視できない。
彼女が纏う結晶の鎧は、何度も破壊されていた。
そのたびに修復しているが、これも無限にできるわけではない。
彼女が内包する魔力を材料にしているためだ。
今はまだ使えるが、いずれ底を尽きる。
誰かを斬れば力を吸収できるが、敵兵はとっくに逃げ去っていた。
後方では味方が強化兵と戦っているも、増援は望めそうにない。
そちらに向かえば、聖騎士が付いてくる。
仲間を危険に晒したくないネアは、一騎打ちを維持したいだろう。
(こいつは駄目だな。勝ち目がない)
状況を振り返った俺は判断する。
ネアにはもう策がない。
徐々に追い詰められるばかりで、いつ殺されてもおかしくなかった。
聖騎士が本気を出せば、一瞬で片が付くだろう。
奴があえてそれをしないのは、こちらを苦しめたいからだ。
絶望をたっぷりと与えてから殺したいのである。
少し考えた末、俺はネアに提案する。
『もう限界だろう。ここで負けたくないのなら俺と代わるんだ』
「……それしか、ありませんね」
ネアは悔しげながらも拒まない。
本当は自分の力で決着させたいのだろうが、そうも言っていられないと理解しているのだ。
聖騎士には敵わないと悟ったからこそ、託す決心ができたのである。
承諾を受けた俺は主導権を掴もうとして、失敗する。
不審に思って何度かやり直すも、結果は同じだった。
なぜか表に出ることができない。
(まさか……)
俺は原因を瞬時に理解した。
こういったことは過去にも何度かあった。
非常に珍しい事態だが、未知の出来事ではなかった。
きっと、聖騎士の野郎が何か仕組んだのだ。
案の定とも言うべきか、聖騎士は笑っていた。
戸惑うネアを見て、こちらの状態を察したのだろう。
彼は得意げに説明する。
「どうだ、出られないだろう。僕を中心に、小さな結界を張ったんだ。生物に影響はないが、魂だけの存在には効果がある」
「魂だけの存在に……」
ネアは妖刀を一瞥する。
聖騎士の結界が誰に影響するのか分かったのだろう。
「本来は魂だけの存在を消滅させるのだが、ウォルド・キーンは強大な霊魂だ。そこまでの効果は発揮できなかったらしい。まあ、表層化を防げただけでも僥倖だ。これで万が一にも僕が負けることはない」
言い終えた聖騎士は、邪悪な笑みを見せる。
そこには、粘質な嗜虐心がありありと浮かんでいた。




