第60話 妖刀は聖女の覚醒に歓喜する
ネアの動きは、命を奪うごとに洗練されていく。
おまけに斬った相手から魔力と生気を吸収し、自らを回復させていた。
これによって消耗を気にせずに行動している。
飽和した魔力がネアの全身に浸透し、青い結晶となっていた。
それが鎧のように彼女を覆っていく。
半端な攻撃は、結晶の鎧を僅かに削るだけで終わる。
次の瞬間には、妖刀が敵兵に叩き込まれていた。
(最高だな。ついに目覚めたか)
傍観するだけとなった俺は、人知れず気分を昂らせる。
これほど愉快なことは珍しかった。
ネアは完全に覚醒している。
極限状態が彼女の才覚を解放したのだ。
結晶の鎧を纏う聖女は、妖刀を振りかざして敵兵を屍に変えていく。
生気と魔力を吸収することで疲労もしない。
ただ殺し尽くすだけの存在と成り果てていた。
こうなったらもう止められない。
力の吸収は、担い手の最終段階である。
どのような姿になるかは個人で異なるが、ネアの場合は青い結晶の剣士らしい。
唐突な変貌に見えるが、きっと何かきっかけがあったのだ。
おそらくは俺を模倣したことが原因だろう。
世界最悪の人斬りを意識し、そこに近付こうとしたことで常人から逸脱してしまった。
そもそもネアは、前々から担い手としての片鱗を見せていた。
今回が心に残っていた箍を外し、妖刀の力を発揮できるようになったようである。
敵兵は本格的な恐慌状態に陥っていた。
大半が命令を投げ出して逃亡している。
勇敢な者からネアに挑み、そして死んでいった。
加えてアンデッドの強化兵がネアに仕掛けるも、結果は同じだった。
彼女に力を吸い取られるだけで、戦況は少しも覆らない。
この時点を以て、独立派の勝利したようなものであった。
聖女はここから王都内へ進攻し、王城まで制圧することになるだろう。
後方には頼りになる味方もいるのだ。
きっと滞りなく成功するだろう。
(おっ、何だ?)
その時、突如として黒い人影がネアに接近してきた。
逃亡する敵兵の間を縫うように疾走してくる。
そこから一気に肉迫すると、煌めく刃による刺突を放ってきた。
「……ッ!」
それを察知したネアは、刀で弾きながら反撃を移った。
相手は盾で防いで後退する。
今の彼女の一撃をやり過ごすとは、なかなかの技量であった。
両者は足を止めて対峙する。
前方に立つ相手は、黒い外套を纏っていた。
目深に被っているせいで顔が見えない。
屈強な体格からして男だろう。
剣と盾を持っており、どちらも魔術的な効果が付与されている。
きっと国宝級に高価なものだ。
しかし、そんな武具の価値はどうでもよかった。
それより気になることがある。
俺は相手の構えに既視感を覚える。
(まさか……)
俺が疑念と驚きを感じる間に、その男はフード部分を外して素顔を晒した。
目撃したネアは僅かに目を見開く。
「貴方は……」
「やあ、ネア。久しぶりだね」
朗らかな笑みを見せるのは、死んだはずの聖騎士だった。




