第6話 妖刀は勧誘する
翌朝、俺達は村を出発した。
夜明けまで警戒していたが、新王派の追っ手がやって来ることはなかった。
俺達を見失ったわけではあるまい。
下手に追いかけたところで被害が増えるだけだと判断したのだろう。
向こうも新王の死で混乱している。
執拗に仕掛けてくる余裕もないに違いない。
予想できていた展開だった。
それを誘発するため、俺は派手に暴れたのだ。
衝動を解消する目的もあったが、計画的な行動である。
のどかな草原を幌馬車は進んでいく。
しばらく揺られていた俺は、御者の席に移動する。
案の定と言うべきか、奴隷商の男は間の悪そうな顔をした。
彼としては俺となるべく関わりたくないのだろう。
その気持ちはよく分かる。
危険な人斬りとは、一刻も早く別れたいのだ。
相手の内心を察した上で、俺は気さくに尋ねる。
「あとどれくらいだ?」
「昼までには着きますぜ」
「そうかい」
俺は相槌打ちつつ、奴隷商の隣にどっかりと座り込んだ。
口笛を吹きながら景色を眺める。
奴隷商は、馬の手綱を操りながら嫌そうな表情をしていた。
俺が視線をやると、不安そうに尋ねてくる。
「な、何か?」
「気にすんな。少し話をしたいと思っただけさ」
「はぁ……」
奴隷商は曖昧な応答をした。
不安がっているのは明らかだった。
「俺を街に送った後はどうするつもりだ?」
「よその街で奴隷を売るつもりですが……もちろん聖女様のことは口外にしません! オレは口が堅いから安心してほしい、です」
「そんなに警戒するなよ。あと敬語は使わなくていい」
俺は笑いながら奴隷商の肩を叩く。
そして、彼の耳元で囁くように告げた。
「俺が口封じにあんたを殺すと思っているんだろうが、むしろ逆さ」
「……逆?」
「あんたを雇いたい。優秀な部下が必要なんだ」
俺はそう言うと、奴隷商はますます怪訝な顔を見せた。
考えを巡らせているが、反応に困っているのはよく分かった。
俺は構わず話を続けた。
「分かっていると思うが、これから内戦が再加熱する。聖女の復活で独立派が立て直すからだ。ただし、そこで問題がある。優秀な人材の不足だ」
ネアの記憶によると、独立派の重要人物は多くが戦死し、或いは新王派に捕まって処刑されていた。
様々な問題があるものの、まずはここが最優先で改善すべき点だろう。
揺るぎない基盤がなければ、組織運営は不可能だ。
領内をまとめ上げることも難しい。
「あんたは狡賢い。勘も鋭くて察知も良い。奴隷商としての人脈や知識にも長けている。喉から手が出るほどに欲しい人材なんだ」
「……過剰評価だ。そこまで褒められた人間じゃねぇよ」
「あんたの自己評価なんてどうでもいい。俺が適切と言ったら適切なのさ。異論はあるかい?」
「…………」
奴隷商は沈黙する。
これは悪い反応ではない。
もし見込みが無ければ、すぐに断っているはずだ。
それをしないということは、俺の誘いに多少なりとも魅力を感じているのだろう。
「千載一遇の機会だ。派手に成り上がってみたいとは思わないか? 上手くやれば、国の実権を握ることができる。なんだって思いのままだろう」
俺は駄目押しの言葉を投げた。
これらの内容は事実だ。
奴隷商が俺の手下として活躍してくれるのなら、相応の待遇を約束するつもりだった。
現在のような犯罪紛いの商売から足を洗って、一気に成り上がることが可能である。
しばらく考え込んでいた奴隷商が、顔を上げた。
決意の込められた目で俺に向けると、彼は噛み締めるように宣言する。
「――その誘い、乗らせてもらう。聖女様、オレはあんたの力に賭ける」
「素晴らしい覚悟だ! 歓迎するよ!」
俺は奴隷商の背中をばしばしと叩いた。
ここで断るなら斬り殺すつもりだったが、しっかりと乗ってくれた。
やはり賢い男だ。
本人の自覚は薄いものの、なかなかの逸材と言えよう。
まったくの偶然の出会いながらも、これは幸運であった。
喜ぶ俺は、とあることを思い出した。
手下となるならば、伝えておかねばならないことがある。
それを奴隷商に打ち明けることにした。
「先に訂正することがある。まず俺は聖女様じゃない」
「え?」
奴隷商は今日一番の困惑具合を見せる。
そんな彼に対して、俺は自分の正体について説明し始めた。