第57話 妖刀は孤立した聖女を俯瞰する
強化兵は捨て身で攻撃を繰り返す。
体当たりや噛み付き、或いは押し倒そうとするのが主だった。
それらをネアは刀で切り払う。
ところが傷が浅く、倒し切れないことがあった。
辛うじて追撃を叩き込むことで難を逃れている。
気になるのは、だんだんと攻撃失敗の頻度が上がっている点だろうか。
ネアは苦戦している。
無謀な突撃の結果、彼女は味方から孤立していた。
消耗し続けて、全力を出せなくなっている。
当然だろう。
これは見えていた展開だ。
いくらネアが強くなったと言っても限度があった。
その強さは常識の範疇に留まっている。
一騎当千には及ばない。
しかし、ネアは足を止めない。
乱れる呼吸を繰り返しながら、強化兵を斬っていった。
大量の魂を喰らうことで、刀にはどんどん力が蓄積されている。
切れ味は欠片も鈍ることがない。
刃に触れた相手は、容赦なく切り裂かれていた。
ネアと刀の調子は、実に対照的だった。
乱戦の最中、横合いから強化兵の爪が伸びてきた。
ネアは身を反らして躱そうとするも、爪の先端が彼女の脇腹を掠める。
軍服の内側から血が滲んだ。
「くっ……」
ネアは呻き、すぐさま反撃に出る。
相手を切断すると、他の強化兵を押し退けるようにして前進した。
刀の間合いには、無数の敵がいた。
もはや対処が追いついていない。
風の刃も放たず、地道な攻撃ばかりに終始していた。
ネアはもうまともに魔術を使えないのだ。
これ以上の魔術行使は、気絶する恐れがある。
まだ無傷の本隊がいることを考えても、温存するしかなかった。
「……ッ!?」
その時、ネアの動きが唐突に止まる。
彼女の片脚に、倒れた強化兵がしがみ付いていた。
斬り殺したはずの一体だが、即死ではなかったのだ。
その個体はすぐに力尽きるも、この場における貢献は凄まじかった。
ネアは一瞬ながらも致命的な隙を晒した。
付け入るようにして四方八方から強化兵が雪崩れ込んでくる。
ネアは刀で対抗し、切り刻んでいく。
それ以上の速度で殺到する強化兵は、死を恐れずに攻撃を行っていた。
ネアはその場に立ち止まっての防御を余儀なくされる。
しかし、圧倒的に手数が不足していた。
ネアはすぐに強化兵に手足を掴まれて動きを妨害される。
そのまま圧し掛かられて、完全に拘束された。
「……ァッ」
重みで圧迫されたネアは吐血する。
その間にも強化兵は次々と群がってくる。
自らを喰い殺そうとする怪物に対し、ネアは抵抗の術を持たなかった。
彼女は険しい顔で強化兵を睨み付ける。
刹那、周囲の強化兵が爆散した。
彼らは下半身を残して肉片をばらまくと、真っ赤な血を噴き上げながら倒れる。
ネアを拘束していた強化兵達も、残らず粉砕された。
「こ、れは……」
ネアは困惑する。
何がどうなったのか分からないようだ。
一方で俺は視認できた。
強化兵達は、横殴りの戦鎚を受けて爆散したのだ。
誰がやったのかも知っている。
「大丈夫かい、聖女さん」
頭上から頼もしい声がした。
ネアは目を細めて相手を見上げる。
そこに立つのは、戦鎚を肩に担ぐビルだった。




