第56話 妖刀は決死の攻撃を目にする
ネアが刀を往復させると、風の刃が交差するように放たれた。
風の刃が軌道上の強化兵を分断し、腐った臓腑が撒き散らされる。
進路をこじ開けたネアは、屍を踏み越えて疾走する。
群がろうとする強化兵が次々と解体されていった。
刀の間合いに入れる者は、一人としていない。
凄まじい連撃である。
魔術適性を持たない俺には不可能な技だった。
(こんな秘策を発明していたとはな……)
ネアは魔術と剣術を見事に融合させていた。
結果、自在な射程を獲得している。
近距離戦闘における絶対的な優位を維持できるようになっていた。
強化兵はネアのもとに殺到していく。
仲間がどれだけ倒されようと、構わず接近してきた。
彼らに感情はなく、故に犠牲を恐れずに攻撃を仕掛けてくる。
対するネアは、風の刃を高速で飛ばして対処した。
湯水のように魔力を使って、ひたすら前進する。
後方では独立派のアンデッドが到着し、強化兵との戦闘を開始していた。
これで多少はネアの負担も減るはずだ。
狙いが複数となったことで、強化兵の攻撃も分散される。
ネアは次々と強化兵を切断したいった。
風魔術の加速も合わせて、肉の壁を突き進んでいく。
戦況を把握する俺は、合間で彼女に忠告する。
『後続が遅れているぜ。進度を緩めた方がいい』
「このまま進みます……早く、魔術師を倒さなければ……」
ネアは呻くように答えた。
返り血を浴びながらも、彼女は決して動きを止めない。
少しでも多くの強化兵を殺すため、肉体を酷使している。
彼女の主張は分かる。
強化兵の部隊の後ろには、新王派の本隊が控えていた。
そこには魔術師や生きた兵士が待っている。
彼らはこちらの消耗を狙っているのだ。
したがって強化兵の部隊を突っ切り、先んじて本隊を叩くのは利口であった。
向こうに混乱と損害を強いることができる。
相対的に仲間の被害が減少するだろう。
(理には適っているが、相当な無茶だ)
ネアは単独でそれを実行しようとしている。
魔術を惜しみなく使っているのも、新王派の本隊に早く辿り着くためだった。
このような状況でも、彼女は味方の犠牲を第一に考えている。
そんなネアの背後から、一人の強化兵が掴みかかってくる。
反応の遅れたネアは舌打ちすると、そいつを掴んで投げ飛ばした。
倒れたところを刀で刺し、引き抜く動作から斬撃を繰り出す。
吹き荒れる風の刃が、周囲の強化兵を肉片に変えた。
「……っはぁ」
ネアは大きく息を吐き出すと、汗を垂らしながら走る。
動きが若干鈍くなっている気がした。
『――大丈夫かい?』
「ええ、平気です」
ネアは前を見つめながら言う。
言葉とは裏腹に、顔色が少し悪い。
明らかに無理をしているようだ。
それでも彼女は押し通すつもりらしい。
俺は彼女の方針を否定するつもりはない。
一応の忠告はした。
ここから先、どうなろうと彼女の責任である。
強化兵の残骸が散乱する中、ぽつぽつと雨が降り出した。
やがて勢いを増して土砂降りになる。
視界不良になろうと、ネアは剣速を少しも緩めない。
鮮血と雨に濡れながら、聖女は敵を斬り続ける。




