第54話 妖刀は聖女の覚悟を目にする
俺はネアの言葉に動きを止める。
心臓が大きく跳ねるのを知覚した。
微笑む口を押さえつつ、ネアに話の続きを促す。
「ほう、面白い提案じゃないか。詳しく聞かせてくれよ」
『私は貴方の力を散々借りてきました。ここでも貴方に任せた方が円滑に進むでしょう。しかし、それでは駄目だと思うのです』
ネアは奥底に秘めていた想いを吐露する。
彼女の本音がありありと表れていた。
きっと少し前から悩んでいたのだろう。
真面目なネアらしい考えである。
俺に任せておけば楽なのだ。
安全な場所から眺めているだけで、宿敵である新王派が壊滅する。
すべては独立派のものになり、国の安定に向けて動くことができる。
それを理解した上で、自分で行動したいとネアは言っていた。
『私は、自らの力で正義を勝ち取りたい。愚かかもしれませんが、貴方を見てそう思いました』
ネアの気持ちはよく分かる。
かつての彼女は処刑を受け入れて、何もかもを投げ出した。
そこから俺との出会いを経て奮起した。
人斬りによる逆襲撃を間近で見てきて、心境の変化が生じたのだろう。
ネアはたまに俺の指導で鍛練を行ってきた。
しかしそれを活かすこともなく、整備された勝利への道だけを歩んできた。
ネアからすれば納得できないのだ。
決戦となる場面くらいは自分の足で進みたいらしい。
真剣な口調で述べていたネアだったが、我に返ったのか途端に弱気になる。
『勝手なことを言って申し訳ありません。不快であれば断っていただいても――』
「素晴らしい! 素晴らしいぜ聖女様! その気概は悪くない!」
俺は彼女を称賛する。
御者のラモンが敵軍を指して騒いでいるが、もはやどうでもよかった。
どうせ大した内容ではない。
俺の出撃を急かしているだけだろう。
予想外の称賛を受けたネアは、戸惑いがちに相槌を打つ。
『は、はぁ……』
「あんたが戦いたいのなら、主導権を譲らせてもらうよ。存分に暴れるといい。俺は特等席で見守るさ」
『いいのですか? 提案した身で言うのもおかしいですが、貴方の楽しみを奪うことになります』
「気にするな。たまには観戦に回るのもいい」
確かに今回は、滅多にない上質な戦争だ。
しかし、絶対に逃したくないほどではない。
俺には何度でも機会が巡ってくる。
それより率先して戦おうとする聖女の姿の方が貴重だった。
この一瞬しか見れないものである。
少々の殺戮衝動くらい我慢できるほどには興味があった。
「その代わり、最高の勝利を見せてくれよ」
『……分かりました。必ず貴方にお届けします』
馬車から降りたネアは走り出した。
敵軍はまだ大きな動きを取っていない。
後続のアンデッドを率いるようにして、ネアは直進していく。
一方で俺は、ひっそりと危機感を覚えていた。
(――これは、不味いかもしれないな)
自分の手で決着しようとする姿勢は悪くない。
大きな成長で、喜ばしいことだ。
しかし、こういった英傑ほど短命である。
歴代の担い手も、同じような展開で戦死した者が何人もいた。
俺から自立する者ほどくたばるのだ。
なんとなく嫌な予感する。
――その証拠に、ネアの横顔には死の気配がこびり付いていた。




