第52話 妖刀は非情な決断を下す
魔物を使役する軍を打ち破った俺達は、その後も領土を侵攻していった。
寄り道をせず、ほぼ一直線に王都を目指す。
そうして何日も移動し、途中で遭遇する軍を叩き潰す。
捕虜やアンデッドで戦力を補完し続けた。
やがて王都の近隣にまで到達する。
翌日には到着できる距離だ。
辺りが夜闇に包まれる中、俺達は歩を進めていた。
馬車に乗る俺は、気配の察知に集中する。
静寂が続く中、御者のラモンが小声で話しかけてきた。
「旦那、そろそろ限界が近いぜ。本当にこのまま進むつもりか?」
「ふむ……」
俺は顔を上げると、馬車から兵士達の様子を見やる。
彼らは、夜闇に紛れても分かるほどに疲労困憊だった。
極度の疲れと眠気が原因である。
連戦による緊張と興奮で誤魔化しているが、無理しているのは明らかだった。
『私もラモンと同じ意見です。兵士が消耗しすぎています』
ネアも冷静に発言する。
彼女は仲間のことを気遣っていた。
戦いに積極的になったのも、味方の命を救うためなのだろう。
自身を危険に晒すことで、相対的に兵士達を守っている。
二人の意見を受けた俺は、腕組みをして思案する。
そして結論を出した。
「仕方ない。軍を切り離すか。使える奴らだけを連れて、他は陽動に回す」
『休息しないのですか? さすがにこれ以上の酷使は――』
「駄目だ。新王派の軍があちこちから近付いてきている。呑気に休んでいたら包囲されるだろう」
現在地は王都のそばだ。
独立派の俺達にとって、最も危険な場所である。
これだけの大軍だと隠れることもできない。
一カ所に留まれば、次から次へと敵軍がやってくる。
ここは無理をしてでも突き進むべきだろう。
不満げなネアは、深刻な声音で念押ししてくる。
『……多数の犠牲が出ます。それでも実行するのですか?』
「当然だ。最善策を無視するほど、俺は馬鹿じゃない」
味方を切り捨てでも、進軍を強行した方がいい。
それが最も犠牲を抑えることに繋がる。
下手な気遣いは、身の破滅を招くだけだった。
ネアはしばらく思い悩んでいたが、苦々しい口調で承諾する。
『分かりました。貴方を、信じます』
「すまないね。時には非情な決断も必要だ。これを機に知っておくといい」
ネアは心優しい性格の持ち主だ。
正義を第一に考えている。
長年に渡って戦いに身を置きながらも、味方の死に涙するような人物だった。
その甘さこそ、彼女の良さである。
しかし、優しさだけではどうにもならない時があった。
俺は馬車からビルを呼び付ける。
ビルはすぐさま駆け付けてきた。
まだまだ余力がある様子だ。
魔族である彼は、常人よりも強靭な肉体を有している。
「何だい、兄貴」
「頼みたいことがある」
俺はネアに伝えた通りの戦法を説明する。
行軍が難しい者は離脱させて、陽動に回らせる作戦だ。
それを聞いたビルは、呆れたように苦笑する。
「少人数での突撃隊……相変わらずだな兄貴は」
「他の奴らにも伝えてもらえるか」
「おお、任せてくれ。どうせ大半が付いてくるだろうさ」
頷いたビルは引き返し、部下に伝達していった。
そこから軍全体に俺の指示を周知させる。
そこから移動しつつ、具体的な編成を行っていた。
『……慣れたやり取りでしたね』
「前の担い手の時も、このやり方を頻繁に使ったからな。常套手段なんだ」
『貴方は、生粋の戦闘狂です』
「褒め言葉として受け取っておこう」
俺は鼻を鳴らして笑う。
ネアとは根本的な部分では相容れない。
ただ、彼女の反応や意見は面白くて新鮮だ。
鵜呑みにするつもりはないが、今後の参考にさせてもらおうと思う。




