第50話 妖刀は軍を押し進める
駆け出した俺は、大上段からの振り下ろしを繰り出した。
刃は敵兵の頭部を兜ごと叩き割る。
短い悲鳴が漏れた気がするが、溢れ出した鮮血に紛れてしまった。
俺は死体を蹴り飛ばして、前方の兵士にぶつけて怯ませる。
そこからすれ違いざまに斬り伏せた。
分断した首と胴体が同時に崩れ落ちる。
「死ねェッ!」
憎悪に歪む叫びがした。
横合いから叩き込まれた斧を躱すと、俺はそいつの首を掴んで投げ飛ばす。
衝突して倒れた兵士達を薙ぎ倒して刺し殺す。
魂を喰らう妖刀が歓喜に震えた気がした。
(――最高だな)
俺は口に入った鮮血を吐き捨てる。
返り血で重くなった髪を掻き上げて、前方の光景を見渡す。
形勢の不利を悟った敵兵は逃げ出していた。
そこに独立派の軍による追撃が行われる。
多数の魔術と矢が飛来して、次々と敵兵を屠っていった。
僅かな敵兵の背中が見えなくなったところで、俺達は仲間の手当てを進めていく。
草原のど真ん中に陣取る俺達は、慣れた動きで段取りをこなしていった。
回復魔術で治癒される者や隻腕の断面を縛り付ける者、痛みを誤魔化すために酒を呷る者もいる。
新王派の領土に踏み込んでからは、ずっとこの調子だった。
待ち伏せする軍を相手に、俺達は突撃し続けている。
基本的に俺が先陣を切って敵軍の只中に割り込む。
そこから連中の流れを乱して、指揮系統を麻痺させる。
意識が俺に向いた間に、独立派の軍に攻撃させればこちらのものだ。
あとは敵兵を散らしながら突破して、敗走する兵士を捕縛ないし始末する。
生き残った敵兵は、部下の魔術師が洗脳や催眠を施して、使い捨ての戦力に仕立て上げた。
強情な者に関しては、ラモンによる奴隷契約で強引に引き込む。
本来は放置するしかない屍も、死霊術師の手でアンデッドに変貌させた。
禁忌とされる戦法も躊躇いなく多用して、常に消耗する軍を無理やり維持していた。
度重なる激戦を経て、軍には狂気が満ちている。
まるで死に急ぐかのように、誰もが必死に戦っていた。
聖女の求心力と、妖刀の魔性。
交わるはずのない二つが合わさった結果である。
『心苦しい光景ですね……』
兵士達を見て、ネアは悲痛な声を洩らす。
しかし、ここで兵士達に下手な言葉をかけてはいけない。
ここで我に返ると恐怖が生じる。
それは枷となり、攻撃の手を鈍らせる。
この場においては最も不要なものだった。
(しかし、これほど上手くいくとは思わなかったな)
俺は仲間の兵士達の様子に感心する。
彼らは一体となって戦意を漲らせていた。
終戦を望む意志がそうさせているのだ。
すぐそばで仲間が無惨な死を遂げても、兵士達は決して歩みを止めない。
携えた武器で敵の命を奪い取ろうとする。
本当に素晴らしい。
これほど上質な軍も珍しかった。
まさに俺の理想である。
この勢いのまま、俺達は王都に乗り込むつもりだった。
新王派がどれだけの秘策を抱えていようと、この軍隊ならぶち破れるだろう。
あまりに時間がかかると、やがて兵士達が破綻する。
その前に決着させたいところだ。
先の展開について考えていると、頭上から矢の雨が飛来してきた。
俺は即座に刀で防ぐ。
兵士も大盾を構えて凌いでいた。
唯一、佇むアンデッドが矢を浴びているが、死なない彼らは平然と立っている。
「不意打ちとはいい度胸だな」
俺は遥か前方を見据える。
草原の向こうから、追加の敵軍が迫りつつあった。
普通なら矢の届かない距離だが、風の魔術で加速させたのだろう。
休憩なしで戦うことになるも仕方ない。
兵士達には悪いが、ここは頑張ってもらうしかないだろう。
接近する敵兵を歓迎するため、俺は刀を構え直した。




