第5話 妖刀は聖女の意志を確かめる
俺達を乗せた幌馬車は、順調に移動を続けた。
各地に設けられた関所を突破すると、ほどなくして王の直轄領を出る。
大量の兵士を殺す羽目になったが、こちらに損害はない。
精々、軍服が真っ赤になったくらいだ。
川に潜ってみたが、一向に色が落ちる気配は無かった。
ネアも諦めて文句を言っていない。
そこからは、御者が見つかりにくい経路を採用して進んでいく。
奴隷を扱うという仕事柄、裏道に詳しいらしい。
非合法の商品を運ぶ際に重宝するのだという。
今回はその知識を駆使することになった。
奴隷商の男は、俺の実力を正確に把握していた。
兵士では止められないと判断し、なるべく穏便な展開に進めるため、見つかりにくい道を選んだのだろう。
粗暴な容姿に反して、物事をよく見て考えていた。
なかなかの逸材と言えよう。
是非とも手下として欲しかった。
時には森で狩りを行い、食糧を確保しながら進むこと暫し。
王都を出発してから五日後、俺達はようやく独立派の領地に到着した。
外れの小さな村に着く頃には、日暮れが迫りつつあったので、今日はここで一泊することになる。
翌日、領内の主要都市に向かうことに決まった。
そこまで行けば、独立派の軍とも合流できる。
俺はネアに主導権を返還し、彼女に村長との交渉を任せた。
入れ替わりに従って、色の変わっていた目や髪が元通りになる。
絡み付いていた布も刀の柄に戻った。
奴隷商が気味悪そうに見ていたのが印象的だった。
確かに傍目からでは、ただの怪奇現象だろう。
交渉の結果、俺達は宿を貸し切ることになった。
奴隷商もそこで宿泊してもらう。
代金は彼の懐から出してもらった。
不服そうだったが、文句を押し殺して承諾してくれた。
斬り殺して財布を奪おうかと思った瞬間、素直に頷いたのだ。
やはり賢い男である。
その日の夜、借りた宿の一室でネアは瞑想を始めた。
床に座り込んで静かに呼吸を繰り返す。
さっそく退屈になった俺は話しかけた。
『なあ、寝ないのか』
「精神集中の時間です。話しかけないでください」
ネアは目を閉じたまま応じる。
澄ました表情だが、微かに苛立ちが覗いていた。
俺は感心しつつも笑う。
『真面目だな。規律に縛られ過ぎるのもどうかと思うがね』
「奔放すぎるのも考えものですよ」
目を開けたネアは、ため息を吐いてベッドに腰かけた。
瞑想は諦めたらしい。
彼女は窓の外を見やる。
屋外では、奴隷商が幌馬車で煙草を吸っていた。
なんとも気だるげな姿だ。
俺達と行動することで、気疲れしているのだろう。
今はそっとしておいてやろうと思う。
俺は気を取り直してネアに質問する。
「独立派の軍と合流したら、どうするつもりなんだ?」
「まずは領内の立て直しを図ります。戦力が集まり次第、新王派と戦うつもりです」
概ね予想していた通りの答えだった。
反撃することは決めていたが、ネアは自らの意志で断言した。
俺との契約を抜きに内戦の続行を決意したのだろう。
良い傾向である。
「此度の一件により、彼らの救いようのない性質を思い知りました。彼らを信じようとした私は愚かでした。次は間違いを犯しません」
『いい心がけじゃないか。応援しているよ』
「ありがとうございます」
ネアは感謝の言葉を述べると、手元の刀を握った。
そこには如何なる想いが込められているのか。
きっと俺の考えているより、遥かに真剣なのだろう。
「まずは領地の安定と戦力の強化が急務でしょう。このままでは、独立派は崩壊してしまいます。新王派の討伐は、あくまでも過程です。私は、よりよい国づくりの体制を固めていくつもりです」
『さすが聖女様だ。よく考えているようだな。俺は面倒なことを考えたくない。殺し合いさえできればそれでいいさ』
「そう言うと思っていました」
くすり、とネアが笑う。
そのような表情ができるとは。
堅苦しい性格と思っていたが、案外それだけではないらしい。
俺は、新たな発見を心に留めておいた。