第49話 妖刀は聖女に気付きを与える
俺は馬車の上で微睡む。
眠気に身体を委ねる一方、意識は周囲の警戒に割いていた。
今のところは特に危険もない。
現在地は独立派の領内だ。
新王派の領土まではまだ距離がある。
連中も、聖女の暗殺を目論むほどの余裕はないだろう。
しばらくは退屈な行軍が続くはずだ。
「よっと」
俺は上体を起こす。
周囲の兵士達は、黙々と進んでいた。
場の空気は適度に引き締まっている。
ちょうどいい具合だった。
油断しすぎるのも困るが、緊迫しすぎると本番まで持たない。
俺は再び寝転がった。
腕を枕にしながら空を仰ぐ。
なんとなしに雲を眺めながら、ふとネアに話しかけた。
「なあ、聖女様」
『何でしょうか』
「この戦争が終わったら、あんたはどうするつもりだ?」
今まで気になっていたことだ。
ネアは聖女として必死に戦ってきた。
彼女は正義を掲げているが、その先に何を見据えているのか。
俺の問いにネアは沈黙する。
かなりの間を置いた末、彼女は回答した。
『……考えていませんでした』
「何かしたいことはないのか? 趣味の一つや二つはあるものだろう」
『私に、趣味はありません。ずっと戦ってきたもので』
ネアはどこか陰りのある口調で言う。
悲しみは感じない。
ただ、明瞭な答えを返せない申し訳なさを醸し出していた。
俺はネアの記憶を探る。
彼女は戦争孤児で、先代領主に拾われた後すぐに内戦が始まった。
領主としての勉強や英雄としての戦いに追われるばかりで、趣味を見つける時間がなかったようだ。
昔から生真面目で余計なことをしない性格らしい。
どうにもつまらない人生だった。
『貴方は何か趣味があるのですか?』
「俺の趣味か」
ネアに尋ねられた俺は、目を閉じて考え込む。
彼女の人生をつまらないと評したが、あまり他人のことは言えない。
俺は過去の歩みを振り返る。
脳裏を過ぎるのは、かつての担い手達と幾多もの戦場だ。
目を開いた俺は、答えを口にする。
「人を斬るのが趣味だな。生き甲斐と言ってもいい」
『……そうですか。貴方らしいですね』
「一度限りの人生だ。楽しみ方を知った方がいいぜ?」
『楽しみ方、ですか』
ネアはまたもや沈黙する。
俺の言葉を反芻しているようだった。
「どうだい。何か浮かんだか?」
『いいえ。ですが、少し掴めたような気がします』
「そいつは良かった」
俺は微笑する。
使命を為した時、ネアはどのような想いを抱くのか。
何をするつもりなのかは知らない。
生来、戦いを好まない彼女のことだ。
平穏な余生を送るつもりだろう。
無理やり付き合わされるのは癪だが、その命が尽きるまで見守るのも一興かもしれない。




