第42話 妖刀は聖女の可能性に気づく
ネアは躊躇いなく突進。
最大加速から一気に斬り倒すつもりらしい。
かなり大胆な戦法だ。
殺戮に身を委ねる中で、思考に変化が生じたようだ。
或いは俺を真似しているのかもしれない。
端的に言って悪くない傾向だった。
妖刀の担い手は、それくらい好戦的でなければ。
対する警備の兵士達は一斉に動いた。
盾を持った二人が前に出た。
その奥で、短槍を持つ一人が突きの予備動作に移る。
(ほう、いい作戦だ)
盾持ちがネアの攻撃を食い止めて、勢いを削いだところに短槍の一撃を浴びせるつもりなのだろう。
洗練された動きを見るに、使い慣れた手段なのだろう。
狭い通路ということも相まって、前の盾持ちを躱すことはできない。
一瞬でも動きを阻害されれば、短槍の餌食となる。
地形を利用した良い迎撃法だった。
ネアもそれを察しているはずだが、彼女は勢いを緩めない。
このまま仕掛けるようだ。
(さあ、どうやって対処する?)
俺は手を出さず、見守る姿勢に移る。
よほどの危機でない限り、ネアの戦いぶりを見せてもらうつもりだった。
ここで怯まないのだから何らかの勝算はあるのだろう。
ほんの短い時間で両者の距離は一気に縮まる。
衝突の直前、ネアは魔術を行使した。
彼女の足下が凍り付き、そのまま兵士達の足下まで侵蝕する。
「ハァッ!」
ネアは疾走の勢いで滑りながら斬り込んだ。
兵士達は盾で防ぐも、足元が凍っているせいで踏ん張れない。
二人の兵士は壁に激突しながら転倒した。
ネアは盾持ちの間を滑って進むと、すぐさま刺突の構えを取った。
驚愕する槍持ちは、しかし迎撃のために突きを放つ。
ほぼ同時にネアも妖刀を突き出した。
両者の武器が火花を散らして掠める。
短槍の穂先はネアの頬を抉った。
彼女の髪を引き千切るように突き抜けていく。
妖刀は、兵士の首を捉えていた。
ネアは無言で柄を捻る。
傷口が開かれて鮮血が噴き出した。
「が、ぁっ……」
兵士は片膝をつく。
彼は血を吐きながら短槍を引き戻すと、苦し紛れの一撃を放った。
ネアはそれを妖刀で弾き、返す刃で兵士の首を刎ねる。
彼女は魔術を解除し、凍り付いた地面を元に戻した。
立ち上がろうとしていた盾持ちを強引に斬殺する。
死体から刀を引き抜いて、静かに鞘に収めた。
一連の動きを見届けた俺は称賛する。
『すごいじゃないか。言うことなしだな』
「……ありがとうございます」
ネアは釈然としない様子で自らの手を見つめていた。
不思議に思った俺は尋ねる。
『浮かない顔だがどうした?』
「手際の良さに自分で驚いているだけです。途中から直感的にどうすればいいのか理解できて、気が付けば勝利していました」
『――それだけ戦いに慣れてきたってことさ。存分に誇るといい』
「…………」
俺の言葉を受けても、ネアは納得していなかった。
首を傾げて考え込んでいる。
一方、俺は彼女の変化に感心する。
(この時期に"症状"が出始めているのか……)
担い手は、やがて妖刀の記憶に影響されていく。
具体的には、歴代の担い手の戦闘技術を継承するのだ。
今は戦闘的な勘が冴える程度であった。
ネアの動きはまだ成長と呼べる範疇だが、いずれ豹変するだろう。
そうして人斬りの名に恥じない力を得る。
通常、この段階に至るのは年単位で先だった。
驚くべきことに、ネアは既にその領域に触れつつあるようだ。
歴代の担い手を振り返っても、ここまで影響されやすい人物はいなかった。
(聖女様は、本当に面白い才覚を持っている)
総合的に凄まじい成長ぶりだった。
加えて殺人も躊躇わず、固い覚悟を胸に戦っている。
妖刀との相性も抜群に良い。
ここからさらに楽しませてくれそうだ。




