第4話 妖刀は追走劇を制する
俺は馬を操って僅かに減速させる。
それに伴って、後続の騎兵達が追い付いてきた。
すぐさま槍の刺突が放たれる。
「おっと」
俺は感覚で察知すると、槍を刀で受け流した。
振り抜きの動きで向こうの馬を斬る。
馬は派手に転倒し、後続を巻き込んでいった。
「ちょうどいい。戦い方を教えてやるよ。あんた、あまり得意じゃないだろう?」
『否定は、できませんね……』
ネアと話している間に、左右を騎兵に挟まれた。
彼らが同時に攻撃しようとしてきたので、俺は片方を蹴り飛ばして落馬させる。
もう一方の攻撃は、刀で受け止めた。
「会話の邪魔をするなよ」
俺は相手の首を掴み、馬から引きずり下ろす。
そのまま宙へ放り投げた。
手足をばたつかせる騎兵は、真後ろの同僚に衝突する。
仲良く地面を転がるのが見えた。
『残酷なやり方ですね』
「飽きないための工夫と言ってくれ」
ネアの指摘に反論しつつ、死角から撃ち込まれたクロスボウの矢を刀で斬り払う。
馬を狙った分もしっかりと対処しておいた。
俺は進路を少しずらして接近すると、クロスボウを持った騎兵達を斬り倒す。
血飛沫が顔に付いたので、軍服の袖に擦り付けた。
『あの、故意に汚すのはやめていただけますか』
「気にするなよ。もう汚れ切っている」
ネアの抗議を受けた俺は、着込んだ軍服を見下ろす。
全体が返り血で濡れており、元の色が判別できないほどになっていた。
これ以上、どこが汚れようと誤差の範囲だろう。
ネアに言った通り、気にすることはない。
「……ん?」
早口の詠唱が聞こえてきた。
振り返ると、後方に杖を持つ騎兵がいる。
直後、杖から火球が飛んできて、俺の乗る馬に炸裂した。
落馬を予感した俺は、馬を蹴って跳び上がる。
落下地点には、ちょうど別の騎兵がいた。
突き出された槍を受け流して、その顔面を串刺しにする。
刀を引き抜いて死体を押し退けた。
杖持ちの騎兵が、またもや詠唱を始めている。
もう一度、火球を飛ばしてくるつもりだろう。
俺はその騎兵のもとへ跳躍する。
空中で姿勢制御する最中、火球が飛来してきた。
軌道は正確で、このままだと直撃する。
俺は刀を大上段から振り下ろし、火球を真っ二つに斬った。
そこから驚く騎兵の顔に膝蹴りをぶち込む。
「ぎぇあ……っ」
騎兵が悲鳴を上げて仰け反った。
その首を刎ねる。
落馬した死体がやはり仲間と衝突して、被害を拡大させていった。
俺は視線を巡らせる。
一連の殺人により、騎兵隊はほぼ全滅していた。
僅かに残った者達は、踵を返して撤退し始めている。
このままでは犠牲が増えるだけだと悟ったのだろう。
賢明な判断だと思う。
しかし、その中で一騎だけが俺と並走していた。
筋骨隆々の体躯を、鎧に押し込めたような大男である。
鎧は細部が他の兵士と異なる形をしていた。
少しだけ上等な装備だ。
おそらくは隊長格なのだろう。
戦闘中、手の動きでさりげなく指示していたのも確認している。
隊長は、額から角を生やした馬に騎乗していた。
あれは魔物だ。
彼を乗せられる生き物を考えた場合、ただの馬では非力だったに違いない。
部下がいなくなったのを見計らい、隊長はこちらに向かって突進してきた。
彼は戦鎚を掲げている。
俺の乗る馬ごと叩き潰すつもりなのだろう。
(厄介な武器だ)
馬に乗った状態では不利だった。
下手な防御や受け流しだと、圧倒的な破壊力に呑まれて失敗する。
そう考えた俺は、刀を鞘に戻した。
柄を握りながら、隊長の接近を凝視する。
『動かなくていいのですか。このままでは殺されますよ』
「まあ見ときなよ。得意技を披露してやる」
焦るネアに、俺は薄笑いで応じる。
速まる鼓動は恐怖によるものではない。
隊長の発する覇気を受けて、心が打ち震えているのだ。
「ウオオオオオオォォォッ!」
獣のような雄叫びを上げた隊長が、全力で戦鎚を振り下ろしてくる。
脳天を目がけて迫る一撃だった。
馬の疾走の勢いをも利用した、豪快ながらも技量を凝らした殴打である。
見事と評する他なかった。
(――だが、俺にはまだ届かない)
戦鎚が間合いに入った瞬間、俺は抜刀する。
その動きを延長させて、戦鎚を半ばほどで断ち切った。
戦鎚の先端は、俺の顔の横を掠めていく。
刀を手のひらの上で回転させて、逆手に持ち替えると、切っ先を隊長の首に突き込んだ。
隊長は吐血して、何度か咳き込む。
彼は俺に掴みかかろうとするも、途中で力尽きた。
巨躯が傾いていき、そのまま落馬した。
地面の岩に頭をぶつけて、真っ赤な花を咲かせる。
「どうだった?」
『圧倒的な速さと切れ味……流石でした』
「そうだろう。もっと褒めてくれてもいいんだぜ」
上機嫌になった俺は、馬を駆って加速する。
逃げた連中を追うつもりはない。
今から追いかけると、幌馬車を見失ってしまう。
それに隊長の鬼気迫る攻撃で満足していた。
彼は俺の技量を知りながらも、全力で殺しに来た。
仲間が生還するための時間稼ぎのためだろう。
隊長なりの覚悟だった。
それを踏み躙るほど無粋ではない。
人斬りと呼ばれた身ではあるが、たまには他人の矜持を守るのだ。
その後、ほどなくして幌馬車に追い付いた。
並走しながら合図をすると、馬車は大人しく停止する。
奴隷商は慇懃な調子で出迎えてくれた。
しかし、一瞬だけ残念そうな気配を見せた。
俺が騎兵隊に殺されることを祈っていたに違いない。
そうすれば厄介事から解放される。
目論見通りにいかず、内心では歯噛みしているかもしれない。
馬を放して馬車に乗る際、俺は奴隷商に一言告げる。
「俺が死ななくて残念だったな?」
「い、いえ! それはその……っ」
動揺する奴隷商は、言葉に詰まる。
どうやら図星だったらしい。
なんとも愉快な反応である。
それを笑いながら、俺は奴隷の待つ馬車に乗り込んだ。