第36話 妖刀は盗賊を見下ろす
俺達は盗賊の拠点の一室に移動した。
室内にいるのは俺とビルの二人だ。
他の盗賊は屋外で待機している。
剣呑な雰囲気が、壁越しにも伝わってきた。
状況次第で突入してくるつもりだろう。
仮にそうなったところで問題はない。
残らず叩き斬るまでだ。
そんな状況の中、俺とビルはテーブルを挟んで椅子に座っていた。
ジョッキに注がれた酒を飲みつつ、俺はビルに近況を説明する。
処刑されそうになっていた聖女と契約を結んだことや、新王派の領土を荒らすために単独で行動していることを話した。
「そんなわけで、今の俺は聖女をやっている。独立派の勝利で内戦を終わらせるつもりだ」
「刀を使う聖女の噂は聞いていたが、まさか兄貴だったとは……」
ビルは青い顔で言う。
彼は大柄な身体を縮めていた。
俺のふとした動作にも過剰反応する。
かなり緊張しているようだ。
俺はジョッキの中身を飲み干す。
ビルはすぐさま酒瓶から追加分を注いだ。
それをまた半分程度まで減らしつつ、俺は鼻を鳴らして笑う。
「何だ。俺が聖女だと変か?」
「い、いや! 兄貴の人柄なら当然の結果だなっ! うん、改めて考えるとぴったりだ!」
ビルは慌てたように言い繕う。
本音でないのは明らかだった。
そこを指摘したところで彼を追い詰めるだけだ。
反応を見て面白がるのも悪くないが、また別の機会でもいいだろう。
椅子に座り直した俺は、改めてビルを観察する。
記憶に残る彼の姿と比較して、しみじみと呟いた。
「それにしても、弱虫小僧のビルがこんな成長を遂げるとはなぁ……世の中、分からないもんだ」
過去に出会った人物を振り返ったところ、俺はビルと出会っていたことが判明した。
具体的には先代の担い手と行動を共にしていた頃である。
もう数十年も前の話だ。
当時は少年だったビルが、今や屈強な大人になっている。
魔族は基本的に長命で老化が極端に遅い。
人族の基準で考えれば、既に老人と称するような年齢だが、ビルは若々しい容姿だ。
まさかあの頃の人間と再会するとは思わなかった。
完全な偶然である。
奇妙な縁と言う他あるまい。
髪を掻き上げたビルは、遠い目をして窓の外を一瞥する。
「兄貴がいなくなってから、死に物狂いで戦い続けたんだ。正規の軍で将軍をやったこともある」
「ほう、そいつはすげぇな」
「問題を起こし続けた結果、今は盗賊だがな。まあ、この身分が性に合っているようだ」
自嘲気味に笑ったビルは、ふと真面目な表情になる。
怯えた雰囲気は、いつの間にか消えていた。
彼は正面から俺の目を見てくる。
「兄貴、頼みがある」
「聞くだけ聞こう」
俺が答えると、ビルは椅子から立ち上がった。
次の瞬間、机を吹っ飛ばして跪く。
その姿勢でビルは懇願する。
「ここの奴らを皆殺しにするのは、どうか勘弁してくれないか。行き場のない連中なんだ。魂が必要なら、俺の命を奪ってくれ!」
「仲間を見捨てて矢をぶち込んできた癖に庇うのか」
「あれは戦略的に仕方なかったからだ。時には犠牲を払ってでも最前手を打ち続ける。兄貴から教わったことだ」
ビルの答えは正しい。
あそこで仲間のことを気にしていれば、俺が楽に接近できていた。
結果的には効果が無かったとはいえ、躊躇いなく弓矢を使ったのは良かった。
「…………」
俺は腕組みをしてビルを見下ろす。
ビルは跪いたまま動かない。
俺の答えを聞くまで動かないつもりだろう。
或いはここで首を斬られてもいいという覚悟か。
俺はその後頭部に声をかける。
「ビル」
「はい!」
「勘違いしているようだが、俺達は別にお前らを殺しに来たわけじゃない」
俺は刀の鞘を外すと、その先端でビルの顎を持ち上げた。
困惑する目がこちらを見ていた。
俺は笑みを湛えながら告げる。
「独立派に所属しようぜ。また一緒に戦争を楽しもうじゃないか」




