第35話 妖刀は魔族と打ち合う
(魔族の戦士か)
俺は相手の容姿から種族を察する。
魔族とは、かつて存在した魔王の末裔であり、魔性の血が流れている。
一般に忌避される種族だが、力は強く魔術的な才能も有していた。
総合的に優秀な種族である。
おそらくこいつが盗賊の親玉――すなわち"炎鎚"ビルだろう。
武器として使っている戦鎚も赤熱しており、二つ名とも合致していた。
俺はビルの姿を観察して、ふと首を傾げる。
(何か見たことがあるような……)
気のせいだろうか。
なんとか思い出そうとするも、豪快な前蹴りに思考を中断させられる。
俺は軽く跳んで躱すと、戦鎚を弾きながら刀を一閃させた。
ビルは身を反らして回避してみせる。
彼は刀の軌道に戦鎚を置きつつ、体当たりをかましてきた。
「おおっと」
予想外の動きに驚いた俺は、後ろに跳んで衝撃を緩和した。
さらに突き飛ばすようにしてビルと距離を取る。
地面を滑りながら後退して、なんとか足を止める。
鼻から熱いものが流れ落ちた。
手の甲で拭うと、血がべっとりと付いている。
衝突した際、ビルの肩にぶつかったのだ。
骨は折れていないが、鈍い痛みで涙が滲んでくる。
「ふん……」
ビルは戦鎚を軽々と構え直す。
呼吸は微塵も乱れていない。
まだ余裕があるようだ。
(ただの盗賊かと思えば、いい相手だ)
俺は高揚感のままに笑う。
ビルは領主に匹敵するほどの実力者であった。
戦い方は異なるも、確かな技量を備えている。
こちらの動きを読み、時には大胆な攻撃で虚を突いてくる。
何よりビルは、刀の動かし方を知っている様子だった。
俺の立ち回りを阻害する動きを積極的に取ってくる。
初見でこれはまずありえない。
刀の使い手など非常に珍しい。
少なくともこの時代では、一人も見かけていなかった。
ビルは刀使いと戦った経験があるのだろう。
借り物の身体とは言え、俺を相手によくやっている。
「…………」
観察する間、ビルは怪訝そうな表情で沈黙していた。
何か言いたげに口を曲げている。
「おい、どうした?」
「……ッ!」
気になった俺が声をかけると、ビルは我に返る。
雄叫びを上げた彼は、戦鎚を掲げて突進してきた。
まるで猛獣のような迫力である。
(退けば潰される。ならば――)
俺は戦鎚の間合いへと飛び込んだ。
振り下ろされる戦鎚を刀で遮り、無理やり留めながらビルの懐に入る。
そこから片手で腰の鞘を掴んで抜き放ち、ビルの脇腹を殴打した。
「ごぁ……ッ」
ビルは地面を転がり、樹木に衝突した。
樹木が傾く中、彼はゆっくりと立ち上がって血を吐き捨てる。
常人なら肋骨を折れて内臓が破裂する一撃だったが、大した傷には至っていないようだ。
魔族由来の常軌を逸した耐久力であった。
「…………」
立ち上がったビルは、戦鎚を持って俺を見る。
その顔には、なぜか恐怖と困惑が浮かんでいた。
怒り狂っているかと思いきや、その兆しは欠片もない。
先ほどまでの気迫も、すっかり消え失せていた。
今にも逃げ出さんばかりの姿である。
(どういうことだ?)
さすがに俺は不審に思う。
実力差に怯えたわけではない。
ビルはまだまだ戦える。
彼の中で何らかの心境の変化があったようだ。
原因が分からず混乱していると、ビルが恐る恐るといった様子で尋ねてくる。
「その太刀筋……まさか、ウォルドの兄貴か?」
「ああ、そうだがお前は――」
「うおおおおおあああああっ! 本当に、すまねぇ! 兄貴とは思わなかったんだ! 頼むから命だけは取らないでくれぇッ!」
戦鎚を投げ捨てたビルは、突如として平伏する。
勢いよく下ろした額は地面にめり込んでいた。
彼はそのままの姿勢で激しく震えている。
頭を上げる気配はない。
『……知り合いですか?』
「そうらしいな」
ネアの言葉に俺は応じる。
気のせいかと思ったが、やはり知り合いらしい。
これは記憶を遡った方が良さそうだ。




