第32話 妖刀は案内を依頼する
鮮血でずぶ濡れになったネアは、刀をゆっくりと下ろす。
周囲には解体された盗賊の死体が散乱していた。
血の染み込んだ地面が赤黒く変色している。
どいつもネアが斬ったものだ。
ただの一人も逃がしていない。
『上出来じゃないか。才能あるぜ。俺が保証するよ』
「……ありがとう、ございます」
ネアは息を乱しながら応じる。
ほとんど止まらずに動き続けていたのだから仕方ない。
短時間とは言え、かなりの負担だったろう。
本来なら座り込んで休みたいはずだ。
それをしないのは、まだ辺りを警戒しているからである。
戦闘が終わっても油断しないのはネアの良さだった。
『疲れたかい?』
「ええ、少し……」
『あとは俺に任せるといい。じきに気分も落ち着くだろうさ』
「そうさせてもらいます」
ネアの承諾を受けた俺は、肉体の主導権を交代した。
表に出た俺は、刀の血を振り払って鞘に戻す。
強い肉体疲労を感じるが、この程度は慣れたものだ。
精神力で抑え込める。
血生臭い髪を掻き上げた俺は、辺りに向けて声を発した。
「さて、盗賊諸君。鍛練の犠牲になってくれて感謝するよ」
反応はない。
盗賊達は、ただそこに存在するだけだ。
しかし、俺は知っている。
この凄惨な現場には、声を聞いている者がいた。
少し間を置いたところで、俺はため息を洩らす。
「死んだふりなんてするなよ。わざと生かしてるんだぜ?」
「……っ!」
死体のように見える数人が震えた。
まだ生きている者達だ。
いずれも重傷を負っているが、痛みを堪えて死体に紛れている。
俺は未だに動こうとしない生き残りに向けて告げた。
「不意打ちを狙っているようだが、やめた方がいい。その前に首と胴が離れることになる」
そこまで脅すと、彼らはむくりと起き上がった。
顔を顰めているのは演技ではない。
誰もが刀による傷を受けている。
早く治療しなければ、本当に死体の仲間入りを果たすだろう。
その中の一人が、俺を睨んできた。
「俺達を生かして……何が目的だ?」
「拠点まで案内してくれよ。他にも仲間がいるんだろう? そいつらに会いたいんだ」
俺が答えると、その盗賊は鼻を鳴らした。
裂けた腹を押さえながら立ち上がると、威勢よく吼える。
「はっ! 言うわけねぇだろ! 馬鹿なのかてめぇ――」
俺は盗賊の言葉を遮るように刀を引き抜いて接近し、無駄口を叩く頭部を斬り飛ばした。
放物線を描いた生首は、血だまりに落下する。
ばしゃりと音を立てて顔が沈んだ。
その光景を目の当たりにした他の生き残りは、固まっていた。
俺は彼らに対して愚痴る。
「悪いが俺は短気でね。口論が苦手なんだ。すぐに斬り殺しちまう」
別に嘘ではない。
今のも脅し目的というより、苛立ちのままに行動しただけだ。
「どうだ。素直になった奴はいるかい? 案内役は一人で事足りるが……」
「は、話す! だから助けてくれっ!」
「いいや、俺が先だ! 拠点までの近道を知っている! 案内役なら任せろ!」
「お前らどけ! この中の地位は俺が一番上だろうがッ」
俺が問いかけた途端、盗賊達は争うようにして立候補する。
しまいには殴り合いを始める始末だった。
どいつもやる気満々である。
拠点までの案内役は、無事に調達できそうだ。




