第31話 妖刀は聖女に指南する
ネアは精神を集中させる。
刀の構えは及第点であった。
最低限の動かし方は教えている。
あとは本人次第だ。
ネアはお世辞にも白兵戦が得意なわけではない。
それでも俺が補助すれば、十分な立ち回りができるだろう。
彼女は国内有数の英雄なのだ。
「ひひっ!」
盗賊の一人が笑いながら跳びかかってきた。
短剣を掲げているが、こちらを傷付けるつもりはなさそうだった。
生け捕りしたがっているのがお見通しだ。
とことん舐められている。
こちらが聖女だと気付いていないのだろう。
対するネアは踏み込み、刀を突き出した。
教えた通りの模範的な刺突だった。
「うおっ!?」
盗賊は焦って身を躱す。
切っ先は彼の胴体を掠めていった。
ただし、致命傷ではない。
皮膚を浅く切り裂いただけである。
刺突の型は悪くなかったが、微妙にぶれていた。
それが原因であった。
「この女……ッ!」
盗賊は激昂し、短剣を振り下ろそうとする。
今度はしっかり殺すつもりのようだった。
『少し借りるぜ』
俺は刀を持つ腕に干渉した。
翻った妖刀が、盗賊の胴体を横断する。
斬撃を受けた盗賊は、臓腑を撒き散らしながら倒れ込む。
衝撃で上半身と下半身が千切れて分離した。
『初撃を躊躇うなよ。少しの迷いが狙いを狂わせる』
「……すみません」
ネアは素直に謝った。
自覚があるのだろう。
他の盗賊はネアを警戒して、一定の距離を保っていた。
ただの獲物から、気を張らねば殺されると認識を改めたようだ。
それでいい。
油断したままでは鍛練にならない。
もう少し頑張ってもらわねば、ネアも力を発揮できないのだ。
盗賊達は互いに目配せする。
彼らは数瞬の沈黙を挟み、一斉に襲いかかってきた。
存外に洗練された陣形だった。
こういった戦法に慣れている証拠である。
盗賊達は意外とやるようだ。
それに気付きながらも、俺はネアに助言を送る。
『手段を選ぶな。あんたにはあんたの戦い方がある』
「――はい」
頷いたネア、僅かに唇を動かした。
刹那、彼女を中心に突風が発生する。
盗賊達はよろめいて攻撃を中断した。
驚く彼らは、顰め面で悪態を吐く。
状況の不利を悟ったようだ。
『今のは良かった。理想的な牽制だ』
「ありがとうございます」
ネアは魔術師である。
飛び抜けた才覚はないものの、平均以上の使い手と言えよう。
本来は遠距離攻撃や味方の補助が専門らしいが、それでは英雄などやっていられない。
せっかくの能力なのだから、この機会に近接戦での運用も憶えてもらおうと思う。
盗賊達の出鼻を挫いたネアは突進する。
吹き抜ける風が、彼女の動きを劇的に加速させた。
振り上げられた刀が、盗賊の一人を縦に切り裂く。
その盗賊は痙攣しながら吐血した。
割れた傷口から鮮血が迸る。
ネアは真正面から返り血を浴びた。
少しだけ嫌な顔をするも、拭うのは我慢している。
「死ねぇッ!」
背後から別の盗賊が襲いかかってきた。
俺はネアの空いた片手を操り、縦に切った盗賊を掴んで引き寄せる。
背後から叩き込まれた斧は、その盗賊に炸裂した。
後ろに隠れるネアには当たらない。
ネアは魔術を発動した。
詠唱が突風を紡ぎ、彼女の視線に従って吹き荒れる。
攻撃に失敗した盗賊が、全身を切り刻まれて即死した。
風が刃と化して炸裂したのだった。
ネアは死体から手を離すと、刀の血を振り払って辺りを見る。
残る盗賊達は硬直していた。
あまりの事態に思考が追いついていないようだ。
仲間の無残な死体と、血塗れの聖女を交互に凝視している。
『いい調子だ。人斬りの二つ名を進呈するよ。俺とお揃いにしようぜ』
「……結構です」
苦い顔で断ったネアは、片手で魔術を制御する。
もう一方の手に刀を携えると、彼女は盗賊達に攻撃を仕掛けた。




