第30話 妖刀は聖女を鍛える
翌朝、俺達は出発する運びとなった。
見送りにはラモンが来ている。
遠巻きに兵士達がこちらを見ていた。
彼らには既に今後の指示を出している。
領土に帰還した後、然るべき行動を取ってくれるはずだ。
「じゃあ、あとは頼むぜ。エドガーによろしく言っておいてくれ」
「激怒するのが目に見えているんだが……」
「だろうな」
俺は不安そうなラモンの肩を叩く。
彼は嫌そうな顔を浮かべていた。
ネアの単独行動を止められなかったとして、執事のエドガーから叱責を受けることが確定しているためだ。
エドガーは基本的に慇懃な老人だが、ネアに関することになると狂気じみた本性を見せる。
領内でも怒らせてはいけない人物として認識されていた。
こちらを見守る兵士達も陰鬱な雰囲気だ。
報告に戻るのが恐ろしいのだろう。
俺はラモンの肩を掴んで引き寄せた。
慌てる彼の耳元で囁く。
「俺が不在の間に逃げるなよ? もしいなくなっていたら、地の果てまで追いかけてやるからな」
「わ、分かっているさ。そんなことは絶対に、しない。ウォルドの旦那のために働くよ」
ラモンの声が震えていた。
視線は俺から逃れようとしている。
どうやら図星だったらしい。
まったく油断ならない男である。
「よしよし、いい返事だ」
俺はラモンから離れる。
彼は胸を押さえて露骨に安堵した。
かなり緊張していたのか、汗を流す顔は真っ青だ。
俺はその様を笑いながら出発した。
都市の門を抜けて街道を歩き始める。
ほどなくして、ネアが話しかけてきた。
『貴方に目を付けられるとは、彼も災難ですね』
「あいつは非合法の奴隷商だ。同情の余地なんてないさ。存分に酷使してやればいい」
そんな雑談を交えながら俺達は移動する。
草原を越えると森が見えてきた。
俺はその中に踏み込んでいく。
迂回は可能だが、地理的にここを通るのが一番の近道なのだ。
『このまま王都まで進むつもりですか?』
「それができれば一番だが厳しいだろうな。間違いなく途中で殺されるぜ」
『では、どこまで侵攻するつもりなのでしょう』
「とりあえず近くの領土を巡って、新王派の貴族共を脅しておこうと思う。連中だって命が惜しい。形勢次第で寝返るだろうさ」
新王派において、忠誠心を持って所属する者など皆無に近い。
誰もが自らの利権と保身のために行動していた。
だからこそ、独立派に属する方が得だと思わせるのだ。
連中も馬鹿ではない。
ちょっと兵士を殺し回り、首に刀を添えてやれば理解するだろう。
王都まで単独で突っ込むのは無謀だが、それくらいなら可能であった。
警備の厳重さの関係で、潜入という手段も視野に入ってくる。
単独であることも加味すると、実行は容易だった。
「それと今回の遠征は、あんたの訓練も兼ねているからな。一人前の担い手になれるよう、しっかり鍛えてやるよ」
『拒否権はないのですね』
「もちろん。死なないための鍛練だ」
その時、近くの茂みが揺れて、複数の人影が飛び出してきた。
素早い動きで俺達を包囲したのは、薄汚い身なりの男達だ。
合計十人ほどだった。
服装からして盗賊だろう。
彼らは剣をこちらに向けながら発言する。
「待ちな! ここから先は通行料が必要だ」
「金目のものをすべて置いて……いや、あんたごと攫おう。俺達は美人が好物なんだ」
下卑た笑い声が上がった。
いつの時代もこういった連中がいる。
俺は盗賊達を見回しながら頷いた。
「さっそく試し斬りの相手が来たな。その好意に甘えさせてもらおうか」
『それはまさか――』
何かを察した様子のネア。
その瞬間、俺は肉体の主導権を彼女に押し付けた。
肉体を得たネアは、盗賊達を一瞥する。
彼女はため息を吐いて俺に問いかけた。
「私にやれとおっしゃるのですね?」
『その通り! 殺そうが心の痛まない連中だ。存分に斬ればいい』
「……分かりました」
ネアは鋭い眼差しを覗かせて、刀をゆっくりと引き抜いた。
ややぎこちない形の構えを取ってみせる。
盗賊達は完全に油断していた。
女一人に負けるわけがないと思い込んでいる。
まさに格好の標的だった。
斬り殺すのにちょうどいい。
こいつらなら、ネアが主導でも勝てそうだ。




