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妖刀憑きの聖女 ~天下無双の剣士は復讐戦争に加担する~  作者: 結城 からく


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第3話 妖刀は聖女と手を結ぶ

 地面からの振動が絶えず伝わってくる。

 幌馬車の中に座る俺は、組んだ脚を解いて左右を逆にした。

 尻が少し痛いものの、揺れについては我慢するしかない。

 俺は刀を抱くようにして座り直す。


(贅沢を言える立場ではないからな……)


 闘技場で殺戮を引き起こした後、俺は通りかかったこの幌馬車に乗った。

 本音を言えば、あのまま暴れ続けたかったが、ネアの身体は貧弱すぎる。

 鍛え方がなっておらず、負荷をかけすぎると壊れる恐れがあった。

 そういった事情を踏まえて、仕方なく逃亡することにしたのだ。


 現在は闘技場のあった王都から離れている最中で、草原に設けられた街道を突っ切っている。

 行き先は、独立派の領地だ。

 彼の地の人々は、きっと最後の抵抗に勤しんでいる頃だろう。

 ネアの記憶を覗き見た俺は興味を抱き、この目で確かめることにしたのである。

 彼女の精神も反対しないため、赴くことを決定した。


 行き先について、俺は特にこだわりがなかった。

 向かう先に戦場さえあれば、それで満足できる。

 他は割とどうでもいい。


 馬車の中には、俺の他にも人間がいた。

 首輪と枷を着けた者達だ。

 共通してみすぼらしい衣服を纏っている。

 そんな容姿の者が六人もいた。


 彼らは奴隷である。

 所有者は、この馬車の御者をしている男だった。

 個人経営の奴隷商とのことで、ここにいるのは売れ残りと聞いている。

 他の街に繰り出そうとしたところで、闘技場から出た俺と遭遇したのだ。

 そうして俺に脅された結果、半強制的に目的地を変える羽目になった。


 巻き込まれた奴隷商の立場を考えると、不運としか言いようがない。

 その境遇に同情はするも、遠慮するつもりはなかった。

 俺達も色々と困っているのだ。

 生憎と他人を気遣う余裕は持ち合わせていない。


 現在は馬を操る奴隷商だが、とにかく人相が悪かった。

 禿げ頭の中年男で、顔に大きな傷跡がある。

 筋骨隆々な体躯も加味すると、まるで盗賊の親分のような容姿だ。


 実際、腕っ節も強いはずだが、それは披露されていない。

 野生の勘が鋭いのか、出会った時点から従順だったのである。

 俺の無茶な要求にも逆らわず、慇懃な調子で御者を請け負っていた。

 反発すれば斬られると正確に理解していたのだろう。


 こういう人間は、なかなかにしぶとい。

 俺は嫌いじゃないし、むしろ仲良くしたい人種だった。

 生存に関する嗅覚が優れているため、形勢が良い間は信頼できる。


 一方で奴隷達は、端に寄って固まっていた。

 俺が少し身じろぎしただけで、過剰に反応をする。

 疲れないのかと心配になるほど怯えていた。


(全身が血だらけなのがいけないのか?)


 俺は血で汚れた軍服を点検する。

 馬車に乗る前に水を被ったのだが、赤い染みが綺麗に洗い落とせていない。

 これは丹念に擦っても取れないだろう。

 完全に染み付いてしまっている。

 血の臭いも少なからず漂わせていた。


 到着までまだまだ時間がある。

 ここは場を和ませる努力をしたかった。

 奴隷達を無意味に緊張させるつもりもない。

 せっかくなのだから、気楽に会話できる間柄になりたかった。


 そう考えた俺は、魔力封じの首輪を指しながら笑う。


「見てくれよ。皆とお揃いだ」


 奴隷達は怪訝そうな表情で困惑している。

 自分の首輪に触れる者もいるが、残念ながら空気は張り詰めたままだった。

 気楽な会話など夢のまた夢といった有様である。


 ちょっとした雑談のつもりだったのに、見事に失敗した。

 ここまで怖がられていると、話も弾みようがない。


 苦笑する俺は、首輪を引き千切って外に捨てた。

 徐々に小さくなる首輪を眺めていると、頭の中に声が響く。


『……聞こえますか?』


 それはネアの声だった。

 意識が明瞭になった彼女は、俺に話しかける術を発見したらしい。

 俺は頷いて応じる。


「ああ、ばっちり聞こえてるぜ。落ち着いたようだな」


『はい。まだ混乱している部分はありますが、大丈夫だと思います』


 ネアと会話する端では、奴隷達が不審そうにこちらを見ていた。

 彼女の声は、他者には聞こえていない。

 あくまでも俺の精神のみに届けられるものだ。


 だから傍から見れば、独り言にしか見えないだろう。

 頭がおかしいのだと思われているかもしれない。

 もっとも、どう思われても構わなかった。

 俺は気にせず会話を続ける。


「こっちの状況は見えているかい?」


『馬車の中、ですね。枷と首輪を着けた奴隷がいます』


「よしよし、問題なさそうだ」


 身体の主導権を握っていない状態でも、状況把握ができるようになっている。

 俺との繋がりが安定してきた証拠だ。

 担い手としての能力が馴染んできたのである。


「分かっていると思うが、あんたは理不尽な処刑を免れた。おめでとう、晴れて自由の身だ」


『…………』


 俺は拍手するも、ネアは沈黙する。

 何やら考え込んでいる様子だ。


「どうした」


『――貴方は誰ですか?』


 ネアは探るように尋ねてきた。

 そういえば自己紹介がまだだった。

 今更ながらも俺は名乗る。


「ウォルド・キーン。博識な聖女様ならご存知かもな」


『人斬りウォルド……』


 ネアは恐れと驚きを感じさせる声音で呟く。

 久々に耳にした響きに、俺は目を細めた。


「懐かしい二つ名だ。そこまで知ってるとは思わなかった」


 俺が人間だった頃なんて相当に昔だった。

 詳しい年月は数えていない。

 まさか二つ名まで知られているとは、意外と有名みたいだ。

 自然と嬉しくなってしまう。


「とにかく、俺がそのウォルドってわけさ。刀に憑り付くことで、現代まで生き延びてきたんだ」


 この状態を生き延びたと言っていいのか微妙だが、細かいことはどうでもいい。

 とにかく一度は死んだ身にも関わらず、俺は意識を保って存在していた。

 それだけ伝わればいいだろう。


 俺が刀になった経緯は、自分でもよく分かっていない。

 おそらくは、未練や執念が原因だろうと結論付けていた。

 死の間際に抱いた衝動が、俺の魂を刀に移したのだ。

 以来、俺は妖刀に宿る人格と化している。


『貴方がウォルド・キーンであることは分かりました。しかし、なぜ私に力を与えたのですか。貴方の目的は何なのでしょう?』


「人間として蘇ることだ。そのために大量の魂が要るのさ」


 殺した人間の魂は、刀に蓄積されていく。

 集めた魂を触媒にすることで、俺は蘇りを果たそうと画策していた。


 刀になってから数年後、一人の呪術師から聞き出した方法である。

 魔術適性のない俺にも行使可能な術とのことだった。

 人間を斬れば斬るほど、念願の復活が近付くという寸法であった。


 ただし、ここで大きな問題が立ちはだかる。

 刀になった俺は、自力で行動できない。

 そのため刀を振るうための身体――すなわち担い手が必須だった。


 だから俺は、時代ごとに巡り合った担い手と行動することにした。

 そいつに力を貸す代わりに、俺の目的達成も手伝わせるのだ。

 利害の一致による共存関係であり、今回もその典型例と言えよう。


 俺はそういったことをネアに説明する。


「あんたは独立派を勝利に導きたい。俺はたくさんの魂を集めたい。この二つを一気に解決できる案がある」


『……新王派の軍を、殺す』


「その通り! 理解してもらえて嬉しいよ」


 聖女による王の殺害は、瞬く間に知れ渡るだろう。

 そうなれば内戦の再燃は確実だ。

 向こうも引き下がれなくなり、独立派を徹底的に滅ぼそうとする。


 この流れを止めることはできない。

 個人的には理想の展開であった。


「というわけで、これから俺達は一心同体だ。頑張って内戦を戦い抜こうじゃないか」


『拒否権は、ないようですね』


「もちろん。あんたが刀を抜いた時点で、交渉は成立している」


 せっかく見つけた担い手だ。

 ここで逃がすつもりは毛頭ない。

 また何十年も待ち続けるのはご免だった。


『――いいでしょう。私はあの場を生き残った。つまり、まだ使命があるということです。正義のために戦い続けます』


 ネアは決意を込めた声で言う。

 初対面の時とはまるで別人だった。

 本当に同一人物なのか疑いたくなるほどだ。


 ネアという人物は、極端な合理主義なのだろう。

 不確定な奇跡を勘定に入れず、客観的に見た状況だけを判断材料に加える。


 だから絶対に逃げられないと分かった場面では抵抗しない。

 一方で少しでも可能性が見えれば、それをたぐり寄せようと奮起する。

 それらの思考を使命や正義といった表現で補強すれば、聖女らしい言動の完成だ。


 ネアの持つ執念は、もはや狂気に近い。

 担い手の素質を、十分すぎるほどに備えている。

 どうせなら殺戮を厭わない人間と組みたいと思っていた。

 そういった面で評価すると、ネアは最適に等しい。


 新たな担い手に期待を高めていると、馬車前方にある仕切りの布がめくれ上がった。

 その向こうから御者の奴隷商が顔を出す。

 彼は少し焦った様子で報告をする。


「後ろから王国軍が迫ってますぜ」


「分かった」


 意識を研ぎ澄ませると、確かに複数の気配を察知できる。

 俺は馬車の中から後方を確認する。

 騎兵の集団が迫りつつあった。


 ほぼ間違いなく、王都からの追っ手だろう。

 計二十人ほどの集団で、完全武装して馬を駆っている。


 先頭の兵士が、クロスボウから矢を発射した。

 俺を狙ったその矢を片手で掴んで止める。

 危うく額に穴が開くところだった。

 馬上から放ってきたことを考えると、結構な腕前だろう。


「はは、惜しかったな」


 笑う俺は矢を投げ返す。

 矢はクロスボウを持つ兵士の片目に命中した。

 悲鳴を上げた男は転落し、後続の馬に踏み潰されて即死する。


「このまま進んでくれ。俺が処理しよう」


 御者の奴隷商に指示しつつ、俺は騎手のいなくなった馬に注目する。

 馬車から跳ぶと、その馬に着地して手綱を握った。

 特に反応もせずに馬は走り続ける。

 よく訓練されているようだ。


 俺は背後を振り返る。

 騎兵達は、虎視眈々とこちらの背中を狙っていた。

 互いに目配せをしながら、攻撃の機会を窺っている。


「見送りなんて嬉しいな。心から歓迎するよ」


 鞘から刀を抜いた俺は、獲物の選定を始めた。

 騎兵達の装備や力量を目視で確かめていく。


 馬上戦闘とは何気に珍しい。

 騎乗しながら戦うことが滅多にないので新鮮な気分だった。

 存分に楽しませてもらおうじゃないか。

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