第28話 妖刀は不満を訴える
その日の夕方。
降伏した都市にて、人々は平穏な暮らしぶりを見せていた。
大通りはよく賑わっている。
露店が立ち並び、都市の人々が往来していた。
声をかけられた通行人が、店の品物をひやかす。
別の場所では、主婦と店主による値段交渉が繰り広げられていた。
なんとも平穏な光景である。
領主が殺された挙句、敵軍に占領された地とは思えない。
豪邸の一室からそれを眺めるネアは嬉しそうだった。
本来、彼女は戦いを望まない。
思わぬ展開とは言え、傷付けずに目的を達成できて満足なのだろう。
『順調だな。気味が悪いほどに』
俺は率直に呟く。
ネアは怪訝そうな表情をした。
彼女は小声で俺に問いかける。
「不満ですか?」
『少しな。あの野郎の狙い通りに動いてやがる』
「領主のことですか」
『ああ。向こうの段取りが良すぎる。最初から覚悟して待っていたんだろう』
降伏した都市は、俺達を内部へ招いた。
罠の可能性を考慮していたがそのようなこともなく、領主の屋敷に案内されて歓迎された。
随伴してきた独立派の軍は、同じ敷地内の建物で休んでいる最中である。
街の人々は、俺達を目にしても特に動揺しなかった。
どこか寂しそうな顔で道を開けるばかりである。
領主が事前に通達していたに違いない。
自分が死んでも、無用な争いが起きないようにしていたのだ。
都市の人々は、領主の決心を遵守した。
これだけの規模の街が一体になって従うとは、よほど信頼を得ていたのだろう。
そのような人物を殺したことに後悔はない。
しかし、彼の手のひらの上で踊らされている感じは否めなかった。
思わず何もかもをぶち壊して台無しにしてやりたくなる。
「……絶対にやめてくださいね」
『分かっているさ。そこまで外道じゃない』
緊張感を帯びて言うネアに、俺は軽い調子で答えた。
半分くらいは冗談だ。
俺も衝動で暴れ回る年齢ではない。
もはや老いとは無縁の存在だが、それなりに生きてきた中で学んだこともある。
ここで暴れてはいけないことくらい理解していた。
(とは言え、このまま終わるのはなぁ……)
俺は内心でぼやく。
しばらく考えた末、辿り着いた結論を表明した。
『よし、このまま侵攻を続けるか』
「何を言っているのですか。目的は既に達しました。速やかに帰還しましょう」
大通りから視線を外したネアは、慌てたように提案する。
俺は即座に彼女の意見を否定した。
『軍には先に戻ってもらう。俺達だけで先へ進むんだ。それなら迷惑はかけない』
「迷惑です。聖女が単独で行動するなど、余計な心配をかけるでしょう」
『連中には別の作戦で動いてもらう。心配する暇なんてないさ。それに数日の休養は取るから、無理をするわけでもない』
俺は尚も食い下がる。
ネアは苦い顔で言い淀んだ。
「ですが……」
『ネア。あんたも気付いているだろう。ここはさらに仕掛た方がいい。内戦を制する最大の好機なんだ』
「…………」
説得を受けたネアは黙り込む。
彼女もやはり内心では分かっているのだろう。
それを認められないのは、戦いを望む性格ではないからだ。
『さあ、今のうちに身体を休めておこうぜ。痩せ我慢で乗り切れるほど、戦争は楽なもんじゃない。後で出発の計画を練ろうじゃないか』
「……はい」
結局、ネアは頷くだけだった。
俺の方針を覆せないと悟ったようだ。
聖女もまだ若い。
甘さを捨て切れない部分がある。
こんな時代でなければ、英雄と呼ばれる人生を歩まなかったに違いない。
しかし現実として、ネアは内戦の重要人物だ。
役割を途中で放棄するわけにはいかない。
いつか死ぬその時まで、頑張ってもらおうと思う。




