第26話 妖刀は痛みを教える
首を斬られた領主は、そこから血を噴出させた。
血走った目が虚ろな輝きを覗かせる。
朦朧としているのは明らかで、それでも意識を手放さないように足掻いていた。
盛大に返り血を浴びた俺は、領主の肩を蹴って空中へと躍り出た。
緩やかな宙返りの末に着地する。
ふらつく領主は、俺に手を伸ばそうとしていた。
そこで力尽きて倒れる。
顔から地面に激突して、無抵抗に血を流す。
しばらくは痙攣していたが、やがて呼吸も止まって動かなくなる。
どうやら死んだようだ。
「ははは、最高だ……」
深く息を吐いた俺は、至福の笑みをこぼす。
素晴らしい相手だった。
文句の付けようがない強者である。
人間離れした体躯と怪力から察するに、巨人種の血統かもしれない。
滅多に戦うことのできない戦士だった。
結果として攻撃を食らうことはなかったが、紙一重の連発だったと言えよう。
首への一撃が決まらなければ、手痛い反撃を受けていたに違いない。
そうなれば重傷は免れなかったはずだ。
独立派が、この領土を破れなかった理由がよく分かった。
これほどの傑物が居座っているのだ。
ただの軍が数を揃えて突撃したところで、蹴散らされるだけである。
もし領主が好戦的な性格で、独立派の領土へ侵攻していたら、とっくの昔に内戦は終結していただろう。
俺はその場に座り込み、刀を脇に置く。
片膝を立てて、空を仰いだ。
全身が痛む。
両腕は小刻みに震えていた。
「はは、情けねぇな……」
俺は自嘲気味に笑いを洩らす。
頬が引き攣るせいで、不格好な表情になってしまった。
不調の原因は分かっている。
無理のし過ぎだ。
非力な聖女の身体を酷使してしまった。
普通に戦う分には問題ないが、しばらくは全力で動けないだろう。
俺は欠伸をしつつ、背後の門に意識を向けた。
都市に隠れた軍は出てこない。
報復を仕掛けてくるかと思ったのだが、妙に静かだった。
領主の帰りを待っているのだろうか。
ここで雪崩れ込まれても面倒なので、こちらとしても好都合である。
「次の戦いまで休ませてもらうよ。あとは頼んだ」
俺は一方的に告げると、主導権をネアに押し付けた。
直後、ネアは苦痛に顔を歪める。
「く……ッ」
呼吸を乱す彼女は、汗を流して胸を押さえた。
微妙に焦点が定まらないまま、ネアは小さな声で言う。
「この、ような……痛みを、感じていたの、ですか」
『まあな。いずれ慣れるさ』
ネアは内戦を生き抜いてきた英雄だが、決して武闘派ではない。
もちろん戦闘経験はあるものの、俺からすればまだまだ未熟だった。
鍛え方が足りないから、これだけの反動に襲われている。
何度も味わえば、自然と改善するだろう。
『ほら、そろそろ仲間が追いつくぞ。しゃきっとしようぜ』
「言われなくとも、分かって、います……」
呆然とした顔で近付いてくる独立派の軍を見て、ネアは根性で立ち上がった。
刀を支えにして倒れないようにしている。
落ち着いたところで、ぎこちなく鞘に戻した。
ネアは深呼吸を繰り返す。
随分と青い顔だが、痛みを抑え込むことができたらしい。
妖刀の担い手として、また一つ成長したようだ。




