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第2話 妖刀は反逆の始まりを告げる

 俺は王から視線を外す。

 胸中に燻る衝動を知覚して、熱い吐息を洩らした。

 どうにも興奮が冷めやらない。

 これは発散して鎮めるしかなさそうだった。

 我ながら困った習性である。


 残り九人となった剣闘士は、露骨にこちらを警戒していた。

 自分達の対峙する相手が、無力な聖女ではないと気付いたのだろう。

 しかし、逃げ出すような気配はない。

 依然として俺を殺すつもりのようだった。


 この人数差なら勝てると踏んでいるのだ。

 最初の一人が死んだのは偶然で、不意を突かれただけなのだ、と。


 俺からすれば、好都合な解釈であった。

 下手に逃げ出されると、追いかけるのが面倒だ。

 向こうから仕掛けてくれれば、その手間も省ける。


 抑え込んだネアの精神が騒いでいた。

 鬱陶しいが、今は無視する。

 この状況を解決するのが先だろう。

 見たところ魔術師はおらず、正攻法で戦えそうだった。

 大して時間はかからないはずだ。


「九人」


 呟いた俺は、前傾姿勢となって駆けた。

 低い姿勢からの斬り上げを放つ。

 反応できなかった剣闘士の首が飛んだ。

 少し遅れて血飛沫が噴出する。


「八人」


 身体を翻して刀を一閃させた。

 刃は槍使いの肩に割り込み、そのまま体内を縦断していく。

 斬撃が脇腹から抜けると、切断面に沿って胴体がずれ落ちた。


「七人」


 左右の剣闘士が、同時に攻撃を仕掛けてくる。

 俺は目視によって軌道を把握すると、寸前で屈み込んだ。

 二種の武器は、身体や髪を掠めていく。

 ただし、俺を傷付けることはない。


 俺は軸足から身体を捻り、思い切り回転した。

 鞘で右の男の鳩尾を強打し、刀で左の男の喉を切り裂く。

 喉を押さえる男は、血を溢れさせて倒れ込んだ。


「六人」


 鳩尾を打たれた男は、蹲って咳き込んでいる。

 武器も手放して必死に呼吸していた。

 隙だらけな首に足を載せて踏み折る。


「五人」


 背後から殺気を感じた。

 俺は振り向きざまに鞘を振るう。

 鞘の先端が、短剣使いの顎を打ち上げた。


 息の詰まった男はよろめく。

 顎への一撃で脳が揺さぶられたのだろう。

 そこを手早く斬り伏せる。


「四人」


 動きを止めた俺は辺りを見回す。

 まだ生きている剣闘士は、酷く怯えていた。

 顔面蒼白で震えている。

 まだ元気なのに、近付いて来ようとしない。

 死んでいった剣闘士達を目の当たりにして、すっかり戦意が削がれてしまったようだ。


 その光景に俺はため息を吐く。


「おい、ふざけるなよ。それでも剣闘士なのか?」


 彼らに向けて告げるも、後ずさるばかりだった。

 やはり戦う気は起きないらしい。

 完全に萎えてしまっている。


(情けねぇな。命を懸ける気概も見せられないのか)


 俺は落胆する。

 こいつらだけが腑抜けなのか、それとも現代の気風なのか。

 振り返れば、いつの時代もこんな感じだったかもしれない。


 結局、誰もが死にたくないのだ。

 死が間近に迫れば、なんとか離れようとする。

 それが一般的な感性であり、命の価値が低い剣闘士でも同様らしい。


 とにかく、これ以上の問答は時間の無駄だ。

 さっさと処理した方がいい。


 俺は軍服のベルトに鞘を差して固定すると、刀だけを片手に携える。

 それから残る四人の剣闘士を斬り殺した。

 連中は武器を振り回して喚くばかりで、まともな抵抗をしてこなかった。

 剣闘士を全滅させた俺は、頬に付いた血を親指で拭う。


 観客席は静まり返っていた。

 あまりの光景に言葉を失っている。


「ははっ、最高だな」


 俺は笑みを深める。

 無論、まだ終わりではない。

 むしろここからが本番と言えよう。


 俺は助走を付けて加速し、壁の手前で跳躍した。

 魔術障壁を斬り破ると、跨ぐようにして観客席に侵入する。


 民衆の悲鳴と混乱は最高潮に達した。

 彼らは席を立って逃げ惑い、少しでも俺から距離を取ろうとする。

 なんとも愉快な光景であった。


 恐怖に駆られる民衆を眺めていると、風切り音がした。

 俺は刀を動かして飛来物――射かけられた矢を切断する。

 さらに追加で矢が放たれたので、残らず弾いておいた。


「ふむ、悪くない腕だ」


 少し離れた地点に、兵士達が並んでいた。

 俺の暴走を止めるために駆け付けたようだ。

 弓を下ろした彼らは、扇状に展開して近付いてくる。


 互いの隙を埋める陣形であった。

 それを維持して、じりじりと距離を詰めてくる。

 存外に堅実な戦法だった。

 よく訓練されている証拠である。


(まあ、意味はないが)


 俺は突進して、兵士達の只中に飛び込む。

 相手の間合いに入った瞬間、槍の刺突が繰り出された。

 それを跳んで避けた俺は、薙ぎ払うようにして刀を振るう。


 居並ぶ兵士達の腕が斬り落とされた。

 噴き上がる血を浴びながら、追撃の刃を叩き込む。

 刃が閃くたびに、兵士が次々と赤い海に沈んでいく。


 陣形を組まれようが関係ない。

 その意図と強みを打ち崩すように動けばいいだけだ。

 別に難しいことではなかった。

 大量の兵士を死体に変えながら、俺は王を目指して突き進む。


 ネアの魂が叫んでいた。

 あの悪しき王を始末せねば、と。

 俺に肉体の主導権を奪われながらも、彼女は必死に主張している。

 無気力で虚無な聖女は、もういなかった。


 俺は行く手を阻む兵士を次々と斬殺していく。

 白い軍服が血で染まりつつあった。

 犠牲者が発生するたびに、兵士達の動きは鈍り、俺への接近を躊躇する。

 民衆に紛れて、闘技場から去る者も散見された。


 一方的な殺戮により、士気が低落しているのだ。

 これでは指揮系統も崩壊しているだろう。

 せっかくの戦いが減ってしまい、少し残念だった。


 兵士を始末しているうちに、俺は特別席の目前に到着する。

 複数の魔術で防護されたそこには、王や上級貴族が閉じこもっていた。

 下手に逃げ出すより、閉じこもる方が安全だと判断したのだろう。


 紛うことなく無難な考えであり、普通はそれで問題ない。

 ところが今回ばかりは失敗だった。

 あの程度の魔術なら、俺なら簡単に破壊できる。

 つまり妨害用の障壁としては、まったく機能していないということだ。


「待てっ!」


 特別席へ向かおうとしたところ、制止を求める声が発せられた。

 同時に一人の男が立ちはだかる。


 屈強な体躯に白銀の鎧を纏い、揃いの剣と盾を装備している。

 男は兜を着けておらず、素顔が確認できた。

 短い茶髪に精悍な顔立ちで、見るからに美男子である。


(あいつは誰だ?)


 俺はネアの記憶を探り、該当する人物を発見する。

 前方に立ちふさがるのは、聖騎士だ。

 ネアにとっては盟友であり、独立派の主要人物――だった男である。


 聖騎士は、裏で新王派と繋がっていた。

 戦後の根回しのために、情報を売る裏切り者だったのだ。

 彼の暗躍が発覚した時には手遅れで、これが原因で独立派は大敗を喫した。


 現在、聖騎士は新王派として貴族の末席を確保している。

 さらには幼い妻を三人も娶ったそうだ。

 将来は安泰だろう。


 内乱を私欲で掻き乱した人物だが、俺は聖騎士の所業を批難するつもりはない。

 彼は戦況を冷静に俯瞰し、先の展開を読んで立ち回っただけだ。

 何も悪くない。

 ただの世渡りが上手い男である。


「ネア、その姿は一体……」


 聖騎士は俺を見て呟く。

 心配するような口ぶりだが、表情は気味悪がっていた。


 それにしても、よく平然と話しかけられるものだ。

 ネアからすれば、聖騎士は最低最悪の裏切り者である。

 独立派の崩壊を招いたにも関わらず、彼は友人のような接し方だった。

 雰囲気で誤魔化して、無かったことにするつもりなのかもしれない。


「とにかく、ここは投降してくれ。今なら僕から口添えができる。君の所有権を主張すれば、奴隷という形で処刑を避けられるかもしれない……」


 聖騎士はさも名案とばかりに説得を始める。

 対する俺は、堪えながら嘲笑した。


「口説き文句にしては、品が足りないんじゃないか? 時間をやるから考え直して来いよ」


「ネア……?」


 聖騎士は、信じられないとでも言いたげな顔をしていた。

 この肉体の持ち主は、口汚い言葉を使わない。

 彼女の人柄を知る聖騎士は、豹変ぶりに戸惑っているようだ。


 俺は人差し指を動かして聖騎士を挑発する。

 片手は刀を弄んでいた。


「かかってこいよ伊達男。ご自慢の顔は傷付けないと約束するぜ」


「わ、分かったぞ。君は誰かに操られているんだなっ!? 僕がすぐに治療しよう。そうすればすぐに――」


 聖騎士がよく分からないことを言い始めたので、それを無視して接近する。

 勢いに任せて刀の連撃を叩き込んだ。


 聖騎士は盾と剣を駆使して防御する。

 その際、前腕に深手を負ってしまい、彼は盾を取り落とした。

 血を流す片手を垂らしたまま、苦しそうに呻く。


「ぐ、くぅ……っ」


「やるじゃないか。聖騎士の名は伊達じゃないらしい」


 感心する俺は、素直に称賛の言葉を口にした。

 今の連撃は殺すつもりで放ったものだ。

 並の兵士ならば、為す術もなく死んでいただろう。


 ところが聖騎士は凌ぎ切った。

 負傷した点を加味しても、なかなかの技量である。

 英雄の名に恥じない動きだった。


 盾を諦めた聖騎士は、剣のみを構える。

 彼は忌々しげに愚痴を洩らした。


「卑怯な手を……」


「卑怯? 今、卑怯と言ったのか?」


 俺は刀を下ろして問いかける。

 聖騎士は、答えない。

 集中を欠くための作戦とでも思われているのか。

 嘆息した俺は、聖騎士に告げる。


「笑わせるなよ。殺し合いに礼儀も作法も必要ない。最後まで生きていた奴が正義だ」


 屍の山を嘲笑い、唾を吐く。

 そういった状況で咎める者がいない場面こそ、まさに正義だと思う。


 俺は再び突進して、聖騎士に斬撃を浴びせていった。

 途中、斬撃の速度を上げていく。

 この身体では限界があるも、その範疇で力を発揮するつもりだ。

 壊れてしまうと面倒なので特に気を配る。


 懸命に防御する聖騎士だったが、すぐに追いつかなくなった。

 気が付けば刀の切っ先が、彼の口内を貫いていた。

 刀は喉奥を破り、後頭部から露出している。


「ガュ、ァッ」


 聖騎士は溺れたような音を発し、白目を剥いて息絶えた。

 それなりの剣技だったが、まだまだ軟弱だ。

 俺を満足させるには程遠かった。


 聖騎士の死体を踏み越えた俺は、特別席に到着する。

 魔術の障壁を破壊して強引に侵入した。


 そんな俺を出迎えてくれたのは、白い鎧が特徴の兵士の一団だった。

 風貌から察するに、彼らは近衛兵だ。

 王を護衛する精鋭である。


 確かに佇まいは、一般の兵士とは異なる。

 しかし、圧倒的に物足りない。

 直前に殺した聖騎士と比べた場合、どうしようもなく見劣りしてしまう。


「まあ、選り好みはできないか……」


 俺は跳びかかり、近衛兵を突き崩す。

 瞬く間に特別席を鮮血で穢していった。


 腰を抜かす貴族達の間を抜けて、ついに王の前へと至る。


 席を立った王は、歯噛みしていた。

 憎々しげに俺を睨んでいる。


「――――、――」


 王が早口で詠唱して、手持ちの杖から火球を飛ばしてきた。

 俺は刀で切断する。

 二つに割れた火球は、背後で貴族に直撃した。

 火だるまになった貴族は、苦しみながら絶命する。。


「危ねぇな。火遊びするなよ」


 俺は相手の杖を斬り、驚く王を突き飛ばした。

 王は背中を床にぶつける。

 彼が倒れたところで、顔の横に刀を突き立てた。


 刃は王の耳を浅く切り裂く。

 滲んだ血が、刃を伝ってゆっくりと地面に垂れる。


 柄を握る俺は王に告げる。


「ここがお前の墓場だ。遺言を聞いてやろう」


「貴様……ッ!」


 王は激昂する。

 どうやら現状がまだ分かっていないらしい。


 残念に思った俺は刀を傾けていく。

 王の耳に触れていた刃が、さらに頬に食い込んだ。

 じわり、と血が浮かび上がる。

 王は硬直し、噛み締めた歯をカチカチと鳴らしていた。


「言葉遣いに気を付けろよ。うっかり手が滑っちまう。これで二度目の注意だ」


「ぐっ……」


 王は身動きが取れない。

 ただ俺を睨むことだけしかできなかった。

 この場において、権力など何の意味も為さないのだ。


「剣闘士共は皆殺しにした。約束通り、無罪放免にしてくれよ」


「だ、誰が貴様などを――」


 最後まで聞かずに刀を軽く回転させる。

 王の耳の一部が削ぎ落とされた。

 痛みによる絶叫が響き渡る。


「ぐおおああああっ」


「同じ忠告をさせる気か? 言われたことは一度で憶えてくれ」


 肩をすくめた俺は、思い出したように手を打った。

 王を踏み付けながら要求を追加する。


「そうそう、謝罪だ。心からの詫びが欲しいな」


「……謝罪は、しない。狂気に侵された聖女よ。すべては貴様が間違っているのだ。独立など決して許されない。この国で、勝手な真似はさせぬ」


 王は絞り出すように答える。

 断固とした決意だった。

 てっきり見苦しく命乞いするものかと思ったが、王には王なりの矜持があるらしい。


「そうかい。あんたの考えはよく分かった」


 俺は床から刀を引き抜く。

 身体を起こした王が、欠けた耳を押さえた。

 手には、べったりと血が付着している。


 顔を上げた王は、怨嗟を込めた眼差しを向けてきた。

 俺は皮肉った笑みを投げ返す。


 その時、身体に異変が生じた。

 身体に巻き付いていた布が後退し、髪の端から金色に戻っていく。


「おおっ?」


 ネアの精神が浮上してきたのだ。

 強靭な意志で、割り込もうとしている。


 俺はすぐさま抑え込むも、間に合わなかった。

 結果、互いの精神が混濁した状態となる。

 二人で一つの人格を構成している形だ。

 奇妙な感覚だが、これが不思議と不快ではない。


 初めての憑依で、まさか主導権を奪い返されそうになるとは予想外である。

 激情が、ネアの精神力を高めたのだろうか。

 しばらくはこのまま行動するしかなさそうだった。

 ネアが落ち着いたところで、どちらかが主導権を握り直そうと思う。

 今は、目の前のことに集中したい。


 俺は刀の柄を握り直した。

 そばに聖女ネアの存在を感じながら、王に宣告する。


「――おれは、貴方おまえころす」


 弧を描くように刀を振るう。

 手首の返しで血を払って鞘に収めた。


 王の表情が固まる。

 首に一本の赤い線が浮かび、それが太くなる。

 血が垂れ始めた頃、その線を起点に首がずれた。

 床に落下して転がっていく。


 一国の王は、あっさりと死んだ。

 泥沼と化した内戦の元凶は、その生涯を終えたのである。

 あまりにあっけないが、人間の命とはそういうものだ。

 死ぬ時は簡単に死ぬ。

 そこに種族や身分は関係ない。


 王の殺害で気が晴れたのか、ネアの精神が沈静化した。

 隙を見て俺は、彼女の人格を抑え込む。

 混濁状態から復帰して、主導権を握り直すことに成功した。


(まったく、過激な聖女だ)


 息を吐いた俺は、ふと辺りを見やる。

 貴族や使用人達が凍り付いていた。

 王の死を目撃して、思考停止しているらしい。


 俺は彼らの間を堂々と闊歩する。

 実に清々しい心持ちだった。

 視線が集中する中、俺は獰猛な笑みを湛えてみせた。


「戦争再開だ。さあ、楽しんでいこうぜ」


 その場の人間が、一瞬で恐怖に包まれる。

 彼らの反応に満足した俺は、軽い足取りで立ち去った。

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