第16話 妖刀は血染めの道を築く
翌朝、俺は兵士達を連れて出発した。
砦に向けて獣道を進んでいく。
昨晩の密偵の死体を兵士が発見し、一時は騒ぎになってしまったが、俺の説明でなんとか落ち着かせることができた。
ただし穏便とは言えない空気である。
兵士達は安堵と困惑の混ざった様子だ。
彼らの中にある聖女の印象が、音を立てて崩れつつあった。
以前までのネアなら、まずしないような行動を連発しているのだ。
混乱してしまうのも仕方ない。
妖刀については、エドガーから説明されているので、兵士達は事情を知っている。
しかし、まだ疑っている節があった。
幽閉生活でネアが心を病み、妄言を吐いているという噂も流れている。
俺からいくら説明しても伝わりはしないだろうし、やはり実演するのが確実だと思われる。
そんな出来事がありつつも俺達は進む。
道中、襲撃はなかった。
たまに野生動物の気配が近付くくらいである。
それすらも実際に目撃する場面もなく、ひたすら移動だけが続いた。
あまりに退屈で欠伸が何度も出た。
夕暮れ頃になって、ようやく遠くに砦が見えてきた。
木々に紛れているが間違いない。
魔術で建造されたため、不自然に真新しい。
あそこにいる連中こそが、主要都市を攻撃した軍である。
俺は兵士達に指示して、彼らを木陰に退避させた。
折を見て攻撃を開始するようにも伝えておく。
こちらに被害が出るとすれば、兵士達の死だ。
独立派はただでさえ戦力が少ない。
ここで無駄に損耗するわけにはいかなかった。
まずは俺が先駆けとなって仕掛ける。
兵士達の出番はその後だ。
遠距離から追撃を撃ち込んでもらう。
役割としては十分だろう。
『本当に単独で大丈夫なのですか?』
「まだ心配しているのか。そろそろ信頼してくれてもいいんだぜ」
心配するネアに俺は苦笑する。
彼女は相当な心配性らしい。
自分の身体なのだから当然か。
彼女には俺の戦いぶりを見せてきた。
この程度の状況は問題ないと理解できるはずなのだが、まだ安心はできないようだ。
弁解することもなく、俺は堂々と接近を始めた。
刀は鞘に収めたままだ。
かつかつと指で柄を打ち鳴らしながら、自然体で歩いていく。
意識を砦へと向けると、慌ただしい気配が感じ取れた。
俺達の接近に気付き、迎撃の準備をしているようだ。
砦の外には誰もいない。
警戒態勢で、籠城を決め込んでいるらしい。
(賢い判断だ)
密偵が帰還しないことから襲撃を予感したのだろう。
下手に乗り出すよりも、よほど利口なやり方だった。
俺達は必然的に攻城戦を強いられる。
ここまでの獣道を進める戦力で、それだけのことをするのは難しいだろう。
よほど優秀な魔術師でもいない限り、砦に辿り着くまでに被害が膨らむ。
(まあ、今回は例外がいるわけだが……)
薄ら笑いを浮かべていると、砦から矢が放たれた。
俺は刀で難なく防ぐ。
同時に飛来する魔術も切断して消した。
味方の兵士達は、木陰にいるので被害を受けていない。
あのまま放っておいても大丈夫だろう。
俺は歩みから徐々に速度を上げる。
そこから最高速度で疾走し、砦との距離を詰めていった。
矢と魔術の雨を凌ぎ切ったのちに跳躍する。
砦の外壁を跳び越えると、兵士に蹴りを炸裂させながら着地を決めた。
「オラァッ」
地を這うような姿勢から、刀を旋回させる。
辺りの兵士達は膝を切断されて、悲鳴を上げながら一斉に倒れた。
そんな彼らの顔面を叩き斬る。
何度か刀を振るえば簡単に黙らせることができた。
俺は口に入った返り血を吐き捨てて、微笑む。
その動作で、間合いの外にいた兵士達が怯んだ。
怯えたような声を洩らす者もいた。
「何をやっている! 早く殺さんかァッ!」
後方で上官らしき男が怒鳴り声を発していた。
俺は落ちていた剣を拾って投擲し、口だけ男の額に突き立てる。
刃は脳の深くにまで達しているだろう。
間違いなく即死だった。
兵士達はそれを目の当たりにしてどよめく。
俺は近くの死体から剣を取った。
両手に握った武器をそれぞれ回転させる。
使い心地を確かめながら、俺は兵士達に告げた。
「さあ、かかってこいよ。聖女を始末するのが、あんたらの仕事だろう?」
嘲笑うように言うも、反応は返ってこない。
様々な感情が渦巻きながらも、奇妙な静寂が辺りを支配していた。
浅く息を吐いた俺は、容赦なく襲いかかる。




