第15話 妖刀は夜闇の敵を斬り伏せる
俺は意識を周囲へと向ける。
密偵達の呼吸や視線を感じ取ると、そこから前傾姿勢になって突進を始めた。
真正面にいる連中に向かって疾走していく。
彼らはすぐさま反応し、四方八方から矢を飛ばしてきた。
かなり正確な狙いだ。
それを悟った俺は、地面を強く蹴って加速し、大半の矢を強引に避ける。
命中する分だけ刀で防御した。
そのまま一気に距離を詰める。
相手は剣を構えていた。
しかし動きが遅い。
俺は懐に潜り込むと、半ばぶつかるようにして刺突を繰り出す。
刀は切っ先から密偵の胸部に沈み込んだ。
「ガァ、ハ……ッ」
密偵は吐血して白目を剥く。
俺は軸足を作り、遠心力を乗せて腕を振り払った。
「よっと」
その動作で引き抜かれた刀は、弧を描きながら別の密偵に襲いかかる。
相手の剣を切断しつつ、肩口から脇腹までを一直線に通過した。
その密偵は、臓腑を撒き散らして倒れ込む。
間を置かずに、背後に二つの気配が現れた。
俺は死体から毒矢を掴み取り、振り向きざまに両腕を一閃させる。
刀は一人の首を刎ねた。
矢はもう一人の片目を突き刺さる。
二人は同時に崩れ落ちた。
俺はすれ違うようにして脇を抜ける。
その際、一人の腰から短剣を拝借すると、振りかぶって投擲する。
短剣は弓を構える者の喉に命中した。
射手は溺れるような音を鳴らしてもがく。
弾みで放たれた矢は、別の一人に炸裂した。
矢を受けて怯んだところに跳びかかって斬り殺す。
「ん?」
またも死角から矢が迫ってくる。
屈んで避けた俺は疾走すると、射手を掴んで膝蹴りを浴びせた。
抵抗する力を奪いつつ、互いの位置を入れ替える。
そこに毒矢が殺到した。
俺の盾となった密偵は、泡を吹きながら痙攣を始める。
そいつを捨てた俺は、残る密偵に襲いかかった。
暗い夜の森で、次々と刀を振るって犠牲を増やしていく。
密偵達は、及第点の実力を備えていた。
連携もそれなりにできている。
しかし、目を引くような実力者はいなかった。
それでは駄目だ。
一騎当千の人斬りに敵うはずがない。
「ふう……」
息を吐いた俺は、刀を鞘に収める。
顔に付いた血を腕で拭いつつ、眉を僅かに寄せた。
辺りは濃密な臭いに包まれていた。
俺に立ち向かった密偵の死体が散乱している。
砦にいる新王派の軍は、密偵が帰還しないことを不審がるだろう。
俺達の襲撃は遅かれ早かれ露呈するはずだ。
数十人の規模で動いているのだから当然だろう。
それを完璧に隠蔽するのは至難の業である。
だから連中に怪しまれようと別に構いやしない。
相手が警戒していたとしても、ただ斬って黙らせるだけだ。
とは言え、今宵は満足できた。
気晴らしの散歩にはちょうどいい相手だった。
俺は踵を返そうとして、ネアから止められる。
彼女は冷ややかな口調で俺に尋ねる。
『まさか、その姿のまま戻るつもりですか』
「何か問題でも?」
『まずは全身を洗ってください。兵士達に余計な混乱を招きます』
指摘された俺は、身体を見下ろす。
端から端まで血みどろだった。
負傷していないのですべてが返り血である。
なかなかに酷い有様だ。
『理解出来ましたか?』
「……分かったよ」
反論できなかった俺は、水浴びできる場所を求めて彷徨い始めた。




