第13話 妖刀は聖女の所以を評する
都市を出発した俺達は、草原に設けられた街道を進む。
事前に地図を確認しており、複雑な地形でもないので迷うことはない。
後ろを付いてくる兵士達は、揃って緊張した面持ちをしていた。
ただし、そこには強い誇りも窺える。
聖女と共に戦えることに歓喜しているようだ。
ネアは相当な求心力の持ち主である。
彼女は英雄に足る素質を兼ね備えていた。
俺も過去には英雄と呼ばれた時期がある。
様々な担い手を渡る間、ほぼ常に戦争に身を置いてきた。
そこで一方の陣営について、敵を斬りまくる。
何度か繰り返せば、たちまち英雄と呼ばれるようになる。
実際、英雄とはそれほど珍しいものではない。
戦いが盛んな時代だと、いくらでも呼ばれている人間がいた。
基本的に短命だが、死ぬまでに多大なる戦果を上げている。
有名な者に絞ると途端に数は減るものの、英雄そのものは意外と多いのだ。
その点、ネアは大したものである。
個人の戦闘能力は、特筆するほどではない。
生まれ持った特殊な力があるわけでもなかった。
魔術師として優れた才覚を有するが、それも一般的な英雄に匹敵するかと問われれば、否と答えざるを得ないほどに過ぎない。
そんな彼女が英雄――ひいては聖女とまで呼ばれるのは、その精神性が要因であった。
慈母のような温かさと、他者を気遣う優しさを持っている。
戦場では、勇気を以て最前線を突き進む。
苦境の中でも皆の希望となり、勝利を掴み取るために邁進する。
誰よりも犠牲を厭うネアは、献身的に戦い続けた。
その後ろ姿を見た兵士達は、彼女を聖女と呼んだ。
いずれも彼女の記憶を覗き見て知ったことである。
武功以外でその領域に至る者は稀だろう。
そこに暴力の化身である俺が加わったのだから、組み合わせとしては最高に近い。
契約を結んでから日が浅いが、ネアは早くも担い手の適正を垣間見せていた。
個人的には、今回の襲撃戦でさらなる成長を促したいところである。
やがて俺達は森へと突入する。
草原と比べると、急速に視界が悪くなった。
兵士達は周囲を警戒しながら進んでいく。
続々と付いてくるが、私語をする者は一人もいなかった。
彼らは黙々と獣道を踏み締めている。
一方、先頭を歩く俺は刀の柄を指で叩いていた。
こつこつと硬い音を鳴らす。
たまに振り返っては、兵士達の様子を確かめた。
今のところは休憩も必要なさそうだった。
森に入ってしばらくした頃、後ろから遠慮がちに肩を叩かれた。
俺は足を止めて振り向く。
そこにいるのは、鎧を着た女兵士だ。
彼女は少し言いにくそうな表情で口を開く。
「ネア様、あまり先行されますと……」
「そんなに心配するなよ。あっけなく殺されるほど柔じゃないさ」
どうやら奇襲を想定して俺を後列に下がらせたいらしい。
もちろん、そんな配慮は不要だ。
相手の気配くらいは簡単に掴むことができる。
この辺りに敵がいないことは確信していた。
「それと俺はネアじゃない。説明は受けただろう?」
「……ウォルド様、ですね」
「その通り! 早く呼び慣れてくれよな」
「わ、分かりました」
ぎこちなく返事をする女兵士を見て、俺は歩みを再開させた。
名目上、今の女兵士が此度の責任者だった。
ネアの護衛という立場にあるらしい。
魔力量は平均的な魔術師の二倍はあるらしく、近接戦闘もある程度はこなせるそうだ。
紛れもなく優秀な兵士であり、今後の経験次第ではさらに成長するだろう。
独立派は人材に恵まれているようだ。
これだけの人間が揃っているのなら、まだまだ立て直せると思う。
此度の戦いに勝利すれば、士気も本格的に上がってくる。
そこから新王派の領地を食い破る逆襲戦の始まりだ。
想像するだけで心が昂ってしまう。
その日の夜、俺達は森の中で過ごすことになった。
即席の野営準備を済ませて食事をする。
兵士達は僅かに疲労しているようだった。
砦までまだ距離があるので、ここらで心身の回復をしておくべきだろう。
逸る気持ちを抑えて、俺は仮眠を取るのであった。




