第10話 妖刀は執事と手を結ぶ
ひとまず落ち着いて話をするため、俺達は近くの屋敷に招かれる。
居並ぶ兵士達はこの時点で解散した。
ネアの帰還を受けて、急いで整列していたらしい
彼女を出迎えるために、わざわざ集結したのだ。
なんとも忠誠心溢れる者達である。
俺達は屋敷へ徒歩で移動する。
奴隷商の幌馬車にも追従してもらった。
馬を操る奴隷商は、なんとも居心地が悪そうだ。
あちこちに兵士がいるためだろう。
聖女の付き人のような扱いも経験がないはずだ。
馬車の中には奴隷もおり、落ち着きがなくなるのも仕方ない。
案内された屋敷はなかなに立派な外観だった。
しかもネアの私物らしい。
今更だが、彼女はここの領主だ。
前領主の養子で、内戦の中で地位を継いだのである。
その前領主は既に処刑されていた。
ネアは聖女の他にも色々と重責を背負っている。
俺には到底真似できなかった。
そういった役割が向いていない。
俺達は屋敷内へと入る。
奴隷商と幌馬車は、現れた使用人の案内で別行動となった。
馬車を専用の区域に停めるためだ。
奴隷商は息苦しい空間が苦手みたいだったので、こちらの話が終わるまで外で煙草を吸っているつもりと思われる。
会話に彼は必須ではないから、それでもいいだろう。
この期に及んで逃げ出すこともないはずだ。
その際は周囲の兵士が捕縛するので心配はいらない。
屋敷内は手入れが行き届いていた。
ネアの不在中、エドガーが管理していたそうだ。
使用人は俺達を見かけると深々と礼をする。
教育も徹底されていた。
屋敷内の一室に到着した俺達は、エドガーとテーブルを挟む形で相対する。
ソファに座っていると、間もなく使用人が紅茶を運んできた。
ネアはそれを飲んでから話を切り出す。
「まず、こちらの事情を話しましょうか」
「是非お願いします」
エドガーは頭を下げる。
ネアは闘技場での一件を説明した。
彼女は俺との契約も包み隠さず打ち明けた。
それに関しては特に問題ない。
誰に吹聴されようと、特に興味がないからだ。
俺はこの身体で人間を斬ることさえできれば満足だった。
どう思われようと構わない。
その辺りを気にするべきは、むしろネアの方だろう。
しかし彼女は、エドガーにすべてを話した。
それだけ信頼しているに違いない。
「――以上が現在に至るまでの経緯です。死の運命を逃れた以上、私は引き続き戦うつもりです」
ネアはそう言って話を締める。
真剣な表情のエドガーは黙り込んだ。
やがて彼は、鋭い眼差しでネアに尋ねる。
「……ウォルド様と、お話できますか?」
「はい、可能です」
ネアは頷き、主導権を譲ろうとしてきた。
俺はそれに従って表に出る。
ソファにふんぞり返って紅茶を飲み干しながら、エドガーに視線を送った。
「呼んだかい?」
エドガーの眉がぴくりと痙攣する。
俺の態度の悪さが気になったのか。
しかしすぐに持ち直すと、テーブルに触れる寸前まで頭を下げた。
「この度はお嬢様――ネア様を救ってくださり、ありがとうございました。そして、先ほどまでの無礼をお許しください」
「気にすんな。俺はただの人斬りさ。こっちだって、別に慈善事業でネアを助けたわけじゃないんだ」
「蘇りの件、ですか」
神妙そうに言うエドガーに俺は頷きを返す。
ネアの説明をよく理解している。
俺は手をひらひらと振りながら笑った。
「内戦の中で、たくさん殺してもらうからな。これから借りを返してもらうよ」
「…………」
エドガーは、またしても沈黙した。
彼は無表情で俺を凝視している。
何を考えているのか読めない。
さりげなく腰の刀に触れつつ、俺はエドガーに尋ねた。
「どうした。聖女様が殺人鬼になることが不満かい?」
「……いいえ、違います。少し感動をしておりました」
「感動だって?」
今度は俺が怪訝に思う番だった。
予想外の答えに戸惑っていると、エドガーは立ち上がって主張する。
「理不尽な目に遭ったネア様が、痛快な反撃に打って出られるのです。しかも史上最強の人斬りを仲間にしてっ! 勝利が確約された戦いです。これを喜ばずにいられると思いますか!」
彼は叫ばんばかりの口調で語った。
ところが、すぐに我に返って咳払いする。
着席したエドガーは、元の口調で話を再開した。
「それがネア様の選ばれた道ならば、私が反対することはありません。執事として、お側で補佐するだけです」
エドガーは、ネアのことを大切に想っている。
記憶によれば、彼女が幼い頃から執事として仕えているようだ。
本物の忠誠を誓っていた。
彼は冷静に見えて滾るような狂気を宿している。
ネアのためなら、他の万物を犠牲にしてもよいという方針だ。
激しい復讐心に燃えている。
下手をすれば、ネアよりも強い衝動だ。
仲間としては上出来だろう。
俺は立ち上がって手を差し出す。
「いい覚悟だ。歓迎するよ、エドガー」
「嬉しきお言葉でございます」
優雅に答えたエドガーは、俺の手をしっかりと握った。




