生ハムDASH
もう僕は振り返ることは出来ない。そう知っていた。
暴力がちな父から逃げたくて家から飛び出し走って走って走って途方に暮れていた所を富豪のマトローナム家に拾われた。マトさんはなんの関係もない僕にとても良くしてくれた。気を使ってか、今日から家族だとまで言ってくれた。そんなマトさんに恩返しがしたかった。
「ここで働かせてください!ここで働きたいんです!」
そう無理を言って執事として仕事をしていたある日。何を思ったか僕は庭に飾られていた贅沢品である生ハムの原木を噛み砕いてしまった。いや、実際には噛み砕いた時の記憶はない。気づけば手に噛み砕かれた生ハムがあったのだ。
「う、うわぁああ、わあぁ、うわぁ」
なんてことをしてしまったんだ僕は!いや、本当に僕がやったのか定かではないがこの現状を見れば誰もが僕が犯人だと思うだろう。くそっ!くそっ!僕はあの日のように夜の街を走り出した。走って走ってそしてまた途方に暮れた。俯きゆっくりと暗闇を歩いていると、ふと明かりが差した。前を向くとそこにはサイゼリアがあった。それを見た途端お腹が鳴った。くそっこんな時でも腹は空くのか。情けない情けない情けない情けない。ポケットに手を突っ込むとあったのは300円。
「こんなんじゃ何も食えやしないな...」
顔を上げまた歩きだそうとした時、看板が目に入った。そこには『激安!ドリア!299円!』
なん...だと...。
「サイゼリアに乾杯」
これが僕の最後の晩餐か。僕らしいや。
299円とは思えない美味しさのドリアを完食し、会計に向かうと
「323円になります。」
そう笑顔で言われた。
..............................なんだって?
「ちょ、ちょっとまて、299円なのでは?」
「あー、そちらは税抜き価格になります。」
What?税金?ふぁぁぁぁぁぁぁ
「すいません、ないです。」
そうして店長を呼ばれ、警察を呼ばれ、そして...マトさんが呼ばれた。どんな怒号が飛んでくるのだろう。なんたって生ハムの原木を噛み砕いてしまった上に勝手に逃げ出したのだ。どんなことでも受け入れて謝罪しよう。そう覚悟を決めた。
「おぉ、心配したのだぞ!」
え?予想外の一言に思考が停止した。
「お前が急にいなくなったって聞いてな探していたのだよ。」
「な、なんで...なんでだよ!なんで、、俺を責めないんだ!」
「それはな、お前が家族だからだよ。」
そこまで言われてやっと気づいた。マトさんは気を使って『家族』と言ってくれていたわけではないことに。
「本当に...そっか...本当に...」
涙が止まらなかった。そのあとは泣きすぎたせいかあまり覚えていない。それでもひとつだけ明確に覚えている。手を引かれて屋敷に戻ったあとマトさんがこういってくれたことを。
「おかえり」
数日が経ち、マトさんが家族になった俺に名前をくれることになった。公開は3日後、俺はどんな名前をくれるのかが楽しみで公開の日まで夜も眠れないくらい興奮していた。
1日が過ぎ、2日が過ぎ、ついに3日目を迎えた。
「マトさん!おはよう!」
「やぁ、おはよう。早速だが君の名前を発表するよ。今日から君はマトローナムJrだ!」
「は…?」
期待を裏切られた。もっと日本人らしい名前を期待していたのだか期待はずれだった。
「意味は?」
「意味などはないさ!私の名前とおそろいにしただけさ!正式名称はマトローナムJr・マトローナムになるが気にしないでおくれ。」
もう最悪だ。マトさん…信じていたのに…。
「マトちゃんお外走ってくるぅ〜!」
俺は走った。疲れるまで走った。もう走れなくなるまで走った。
いつの間にかあのサイゼリアの前まで来ていた。
「いっその事あの時みたいに問題を起こせばまたリスタート出来るのかな。しかし最悪の場合は自由を失う。それならもう一度マトさんを信じてみようかな。」
そう思い俺は家に帰った。
「ただいま」
返事はない。
「マトさん!?ただいま!」
やはり返事はない。
いつもならおかえりとかえってくるのだが今回はかえってこないため不安になった。
恐る恐る今に入ってみるとそこには狂ったように豹変したマトさんがいた。
「ミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャ」
俺の世話ばかりで自分のことが出来ず欲求不満状態となってしまっていた。そんな中俺が家を飛び出しショックを受けてしまったのだろう。
酒を狂ったように呑み、酔い狂っていた。欲求不満と泥酔のダブルパンチ…最悪だ…。
「マトさん!マトさん!目を覚ましてください!俺はここにいます!マトさん!」
マトさんには届かない。
それなら同じ事を言えば通じるか!?
「ミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャミャ!!」
「ミャミャミャミャミャミャ!!」
無理だった。
(こうなれば仕方がない。ショックを与えれば戻るはず!マトさんごめん!)
近くにあった酒瓶を思いっきり頭に振り落とした。
ガシャーン!思いっきり瓶は割れ、マトさんはその場に倒れ込んだ。
(これで酔いから覚めてくれれば…)
逆効果だった。目は覚めたのだがマトさんは殴られたショックで目が虚ろになっていた。
「キェェェェェ!!」
マトさんはいきなり奇声をあげ家から脱走するかのように狂ったように走り去ってしまった。
「マトさん!どこ行くの!?」
もちろん聞えていない。
酔い醒ましに一緒に外に出ようとしたのだがマトさん自身が独りで夜の住宅街へと消えていった。その後マトさんは帰って来ず、行方知れずとなってしまった。