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塩田と気候

 さて、幕末には日本を席巻した瀬戸内の塩なんだけども。しかしどうして瀬戸内産だけ?談合なんかじゃないよ勿論。現象には必ず理由がある。瀬戸内は何が優れていたんだろう?


 入浜式塩田という新技術の開発、勿論それもある。しかしもっと決定的な理由があるんだ。一言でまとめると、気候が塩作りに向いていたんだな。身も蓋も無いけど。


 日本の気候区分では瀬戸内式気候なんて呼ばれている。何の捻りも無いね。苦笑するしかない。要するに、気候が安定している。1年を通じて雨が少なく、湿度は低く、気温は温暖。まぁ「日本の中では」という但し書きが付くんだけどね。


 瀬戸内の雨は梅雨と秋の長雨の2回。それ以外は非常に晴れが多い。たまには雨も降るよ、でも他の地方に比べると圧倒的に少ない。岡山県なんか「晴れの国」を標語にしちゃった位だ。役所が断言するにはちょっと問題があるという意見もあるようだけど、まぁそれはそれだ。


 温暖で雨が少ないという気候は、塩作りに非常に向いている。何しろ水溶性の物質を露天に晒す訳だからさ、雨が降ったら折角の塩粒が流れちゃう。よく考えれば雨水ってのは蒸留水だし。大気を通る間に色々な不純物を溶かし込むとは言え、基本、真水だ。塩なんかもよく溶かす。雨天は塩田の天敵だ。


 そんな訳で、瀬戸内海沿岸の砂浜には塩田が広がっていった。十州塩田とか呼ばれたらしい。長門、周防、安芸、備後、備中、備前、播磨、阿波、讃岐、伊予。ちなみに地名が全部漢字2文字で揃っているのは偶然じゃないよ。この件は奈良時代に起源があるし、塩とは関係無いので、今回は省略。ぐ~ぐる先生にでも聞けばすぐわかる。調べてみてくれ。


 なぜ、塩田経営の為に誂えたような気候が特定の一地域に集中しているのだろうか。一々突っ込んでいたら話が全然進まないし、面倒臭い事この上無いし、気が付かなかった事にしたいのは山々なんだけどさ。しかし現象には必ず理由がある。それを追求するのが科学というものだ。


 瀬戸内式気候の理由はね、大陸規模で地理を考察しなきゃいけない。一気に話がでかくなったなぁ… なお、この話は学校でも教えてくれる筈だ。日本地理と理科に跨る話にはなるのかな?真面目に授業を受けていれば知ってるんじゃないかな。ま、授業の復習とでも考えてくれ。


 まずは大雑把に把握しよう。話を単純にする為だ。これをモデル化という。日本列島周辺で大陸規模の大きな形としては、西にユーラシア大陸があり東に太平洋がある。細かい事は考えない。大陸と海の境界線なんか、上から下に一本線をピ~っと引っ張っちゃっていい。半島がどうとか列島がどうとかは豪快に無視!そして一本線の左を陸、右を海としよう。


 晴れなら日が照る。夏なら日差しが強い。これを受けて、陸地はすぐに熱くなる。地面が熱くなると、それにつれて空気も暖まる。暖かい空気は軽くなる。だから上に昇る。上昇気流ってヤツだな。


 海はどうか。水ってのは温まりにくいんだ。少なくとも地面に比べたら全然だな。だから、大陸で上昇気流が発生している頃、海上の空気は何も起きない。海面から水が蒸発するから、蒸発熱が奪われてむしろ冷える。


 さて。陸地では空気が上へと昇っている。昇ってしまったら、そこには何も無くなってしまう。真空だ。真空になっちゃたら困るんで、周りの空気を吸い込む。陸はどこもかしこもそんな調子だから、吸い込むのは海の上の空気しかない。


 かくして夏は、太平洋からユーラシア大陸に向けて風が吹く。冬はどうかと言えば、今度は逆だ。海はなかなか冷えないが、一方で地面はあっという間に冷える。冷えた空気は重くなって下降気流となり、地面に集まった空気は太平洋に溢れ出す。


 こういうのを季節風と言う。季節風ったってただの風だろ?風鈴をチリンチリン鳴らす程度のそよ風が何だってんだ?ってのは認識が甘過ぎる。確かにね、台風みたいのが一年中吹き荒れるなんて暴力的な話にはならないけどね。何しろ範囲が広い。しかも数ヶ月連続だ。動く空気量が半端じゃない。


 ここで日本列島の登場だ。日本列島は、ユーラシア大陸と太平洋の境界線沿いに細長く横たわっている。しかも、それなりに高い山が連なる。


 冬は大陸から太平洋に向かって風が吹く。この風が日本海を渡って日本に到達する。地面より生温い海面からは水蒸気が立ち上っている。水蒸気だか湯気だか靄だか霧だかわからんけど、これを風が日本に向かって吹き飛ばしているような感じだね。だから日本に向かって吹く冬の季節風は湿気が多い。


 湿気の多い風が、日本列島の山々にぶつかる。ぶつかってもなお太平洋に行きたい風は、山の斜面を駆け上って先を急ぐ。どっかの異世界の冒険者みたいだな。問題は、高い山の上は空気が薄いって事だ。冒険者なら高山病を心配する。風の場合は周囲の薄い空気に引き伸ばされて膨らむ。風の妖精さん太ったね、なんて暢気な話じゃない。一気に駆け上ったから一気に膨らむ。断熱膨張といって、この場合、風の温度が一気に下がる。空気が抱え込める湿気の量は、気温が下がると減る。風が持ってきた湿気は、ここで風から離脱する。離脱した湿気はどうなるか?日本も陸地には違いないんで、冬はそれなりに冷える。だから大抵は水ではなく氷として地上に降り注ぐ。つまり雪だな。


 これがねぇ、冬の間ずっと続くんだよ。冬の間ずっと、しんしんと降り続く雪。降っても降ってもまだ降り止まぬ。実際、人の住む地域としては世界的にも他に類を見ない程の降雪量なんだそうだ。


 夏の場合は逆になるんだな。大陸に向かって太平洋から吹いてきた湿気の多い風は、日本の山にぶつかって雨を降らせる。


 そして夏にしろ冬にしろ、山を越えた頃の風は水を絞って乾いた雑巾のようにカラカラになっている。かくして日本の各地では、半年置きに湿気たり乾いたりする。


 さて、ようやく本題。山の列が大陸沿いに2列あったらどうなるか?冬は日本海側の山々が雪を降らせる。夏は太平洋側の山々が雨を降らせる。山を越えた風は乾いている。あれ、山々の間の地域はいつ湿気るの?そう、いつまでも乾燥したままだ。季節風とは別の理由で雨季になるまでは。


 この構造が実際の日本にあるのかと探すと、まさしく瀬戸内海になるってこと。塩田経営に向いた気候を作ったんじゃない。気候に合った産業が塩田だったんだ。


 人力と自然の力で海から塩を作る方法としては、入浜式塩田は一つの完成形なんじゃないかなぁ。その証拠に、播磨の国の赤穂藩が江戸時代初期に発明してから昭和30年頃まで、およそ400年に渡って続いたそうだ。工業化の波さえ来なければもっと続いていたと思うんだよね。ま、俺個人の意見だ。世界にはもっと優れた方法があるのかも知れない。


 しかし説明が長かったな。いやこんなに長くなるとは俺も思わなかったよ。でも頑張っちゃった理由は、実に壮大な自然現象がここに働いているって事を明らかにしたかったから。勇者が1人でチート能力を駆使してどうこう出来る範囲を超えている。


 そしてこういう自然現象の検討は、他にも色々な形で小説の設定に生かせると思うんだ。例えばその豪雪地帯なんかは応用の幅が広そうだし。氷室や氷穴に大量の雪を保管して、夏の王都に輸出するとか。北方じゃないのに雪の妖精と人間が共存する村とか。そういえば雪女っていう妖怪もいたね。日本版サキュバス、なんて書いたら祟られちゃうかな… 大丈夫だと信じたい。日本の住人は基本的にエロエロだから。人間から神様に至るまで、ね。学校じゃ絶対に教えてくれないけど、ね。

2018/03/09 サブタイトル変更

旧: 塩の製造 (2)

新: 塩田と気候

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