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世界の大豆

 世界にとって、世界とは欧米である。異論は認めない。


 東アジアという辺境で作られていたマイナー作物である大豆は、どのようにして世界の大豆になったのだろうか。


 大豆は英語で soy beans または soya beans と言う。語源はなんと、日本語の醤油と言われている。時は元禄15年、赤穂浪士は吉良邸に討ち入って、見事本懐を遂げた。それから9年。仮名手本忠臣蔵とは何の関係も無い大豆はドイツ人博物学者エンゲルベルト・ケンペルの手によって醤油の原料として世界に紹介されたのだった。オランダ人じゃないんだよね。俺も驚いた。


 現在において大豆の生産量世界一を誇るアメリカであるが、その大豆も元々は日本からもたらされた。太平の眠りを覚ます上喜撰、たった4杯で夜も眠れず。いや御参拝(1853)ペリーさん。ペリーさん一行には農業視察団も同行したらしい。そして持ち帰った様々な日本の農産物の中に大豆も含まれていた。ここからアメリカの大豆生産が始まる。実はこの前にも一度、やはり日本からアメリカに大豆が渡っている。これは難破船との偶然の出会いがもたらしたものだった。


 あれから40年!ではなくて、160年くらい?今では大豆は極めて重要な農産物の一つと認識され、アメリカだけでなく世界中で取引されている。


 なぜ重要なのだろう?もちろん理由がある。豊富な栄養だ。


 まずは言わずと知れた蛋白質。その含有量は他の追随を許さない。唯一肩を並べるのが肉であるというから驚き桃の木山椒の木。畑の肉とは良く言ったもんだよ。


 炭水化物もある。ま、穀物だしね、当然あるよね。糖分もそれなりに含まれている。健康食品として最近注目のオリゴ糖などなど。そして味の要素としても糖分は重要だ。


 日本人が意外と知らないのが脂質。油の含有量もかなりのものだったりする。大豆油と言えばわかる人にはわかるかな。実はアメリカで大豆生産が急拡大した切っ掛けは油だ。昔はアメリカ南部で綿花の生産が盛んだった。これは黒人奴隷の歴史とも深い関係がある。そして綿の種から綿実油を絞っていた。それが綿の害虫被害と、ヨーロッパにおける大豆油生産の成功から、アメリカでも綿から大豆への切り替えが進んだ。


 という訳で、大豆の成分は蛋白質と脂質と炭水化物。大豆の使い方は、まず油を絞り、残りカスを畜産飼料とする。これが世界の常識だ。そしてこれこそ世界が大豆を重視する理由である。


 たかが飼料と言うなかれ。されど飼料、これが極めて重要なのだ。人口爆発と経済発展は極めて重要な地球規模の大問題。これらを背景として喫緊の課題となったのが大量の蛋白質の確保。かくて食肉の需要は鰻上りとなった。牛と豚と鶏を飼うのに何を食わせるかと言えば、経済性を考えて濃厚飼料が中心とならざるを得ない。経済性とは即ち時間短縮と大量生産であって、今回に限っては拝金主義とは切り離して考えなきゃいけない。そして濃厚飼料とは蛋白質の多い飼料の事。濃厚飼料の蛋白源としては肉骨粉もあるが、BSE問題以降は大豆の使用量が増えている。つまり、全人類の幸せを支える為に、飼料としての大豆の果たす役割は極めて大きい。


 以上は消費する側のメリットだが、供給する側にもメリットがある。荒れた土地でも育つのだ。大豆には土を肥やす性質がある。異世界農業でも小麦と何らかの豆の輪作で豊作をもたらすネタを見かけるので、御存知の方も多いだろう。マメ科植物は窒素肥料を自力で作り出せるからこその性質である。正確には空気から窒素肥料を作る細菌を根っこの中に囲い込んでいるのだが、まぁ細かい事はいい。


 しかも上述の通り、大豆には旺盛な需要がある。作れば売れてよく儲かる。言葉は悪いが貧乏農家が手を出すのに十分な理由だ。だから途上国などで森を切り開いて、あるいは広大な草原を耕して、次から次へと大豆を植える。そう、大豆畑は大規模な自然破壊の原因として注目され始めている。


 一方で大豆は連作障害がかなりキツい。大豆とトウモロコシは相性が良いらしく、アメリカではこの2つを交互に作っている。輪作には違いないけど、その周期はわずか2年。短期輪作と呼ぶ。この程度じゃ連作障害を避けるには不十分なんだよね。実際、アメリカで問題になっている。今は改善方法を模索している真っ最中。超大国アメリカでもこうなのだから、途上国の貧乏農家は推して知るべし。こうして大豆は収量を落として、補う為に更なる開墾が必要になる。自然破壊は広がるばかりだ。


 ちなみに大豆そのものを直接食用にするのは、数千年の昔から大豆と共に歩んできた東アジアのみ。例えば日本人に思い付く大豆加工食品と言えば、味噌と醤油、納豆、豆腐、高野豆腐、湯葉、油揚げ、厚揚げ、豆乳に枝豆、きな粉にずんだ餅、などなどなどなど。その上、こういうのを素材とした料理を考え始めたら、数えるのも嫌になるほど。他の東アジア各地でも同様じゃないかな。しかしこんなのは辺境の特異性だ。東アジアの常識は世界の非常識。


 実際、世界で大豆そのものを直接食用にしているのは全生産量の17分の1。大豆畑を減らす為に需要を減らそうと考えて日本の庶民が豆腐と納豆ときな粉を控えても、世界的には全く何も変わらない。だからそんなバカなことを考えてはいけない。問題の根源は人口爆発にある。死と言う他人の不幸を大規模に願わなければ解決しない所に、この問題の業の深さがある。


 世界=ヨーロッパとアメリカで大豆からの搾油と飼料作成が大規模に始まったのが1910年〜1920年代。それからわずか100年。今では大豆畑による自然破壊が大問題となり、解決の見通しも立たない。これが地球の歴史だ。


 異世界ではどうか。日本出身の勇者が魔王を倒し、魔物を駆逐し、食べ物に革命を起こした。人々は辺境の田舎に至るまで幸せになりましたとさ。めでたしめでたし。そして子孫繁栄。やがて人口の爆発が始まる。人の腹を満たす為に大豆の大増産が始まり、飢える事の無い人々は更に数を増やしていく。草原を耕し、森林を切り開き、活動範囲を広げて、わずか100年で異世界からは自然が消滅する。


 自然破壊という地球現代史の再現を目にする前に、勇者自身は人類の幸せを見届けた時点で天寿を全うするだろう。しかし執筆者はその異世界の創造主だ。その行く末は執筆者自身が決めなければならない。逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、…


 さて、どうする?

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