異世界化学工業・漂白剤にまつわるエトセトラ
中世ヨーロッパ風の異世界で、漂白剤を作れた!
っていうかね、中世よりも更に古く、古代ローマ帝国で既に使われていた。私も驚いたよ。
亜硫酸。こいつは還元性の漂白剤だ。硫黄を普通に燃やすと亜硫酸ガスSO2が発生して、これをそのまま水に溶かすと亜硫酸H2SO3となる。化学的に厳密に言うと、水中でも約半分はSO2分子のままらしい。
このSO2は殺菌作用を示す。特に乳酸菌や酢酸菌に効くらしい。気付いただろうか、ワインが酸っぱくなるのを抑えるのに有用なんだ。
また、亜硫酸は酸素と結び付く力が超強い。つまり還元性があるんで、酸化防止剤にもなる。という訳で、ローマではワイン樽の中で硫黄を燃やしたそうな。
そしてドライフルーツ。葡萄その他の果物を干し、保存性を上げて手軽な甘味とする。昔から存在する手法で、異世界でも良く見かけるオヤツだね。でもちょっとした欠点もある。色が黒ずむんだ。食欲をそそるような鮮やかな色合いが失せる。これを何とかする為に、亜硫酸を使う。
実際には苛性ソーダか何かで中和して亜硫酸塩とした方が、取り扱うのに都合が良いだろう。
亜硫酸塩。聞き覚えのある人もいるんじゃないかな。そう、現代でも有用な食品添加物だ。食品添加物と言うと、現代における品質ゴマカシ詐欺の道具みたいに感じる人も多いだろう。実際にはこれだけ歴史が古かったりする。
亜硫酸は強い還元性を持つ。という事は、空気をブクブク吹き込めば、空気中の酸素と勝手に反応するって事だ。余談だけど、こうして硫酸を作れる。効率に目を瞑れば触媒は要らないんじゃないかな。そして最後に煮沸して水分を飛ばし、濃縮する。恐ろしく不経済だね、現代の目から見ると。まぁそんなもんか。
さてもう一つ。今度は漂白剤らしい漂白剤。晒し粉だ。
以前もちょっと触れたけど、塩素ガスCl2を消石灰Ca(OH)2に吸収させる。すると塩素系漂白剤である次亜塩素酸カルシウムCaCl(ClO)、通称晒し粉が出来る。更にしつこく塩素ガスを通し続けると、高度晒し粉Ca(ClO)2になるようだ。
問題は塩素ガスの作り方なんだよな。
ネット世界を漂って見つけたんだ。塩化カルシウムは772℃で溶ける。そして有毒ガスを発生する。これ、どう考えても塩素ガスだよね。更に探したら面白い論文を見つけた。
珪砂を粉末にして、塩化カルシウムと混ぜて加熱する。こうすると、融点772℃よりも低い温度で熱分解が進むらしい。この位の温度なら中世でも実現できる。薪なんかを普通に燃やした火の温度だからさ。やった!
そして水蒸気があると塩化水素が、酸素があると塩素が発生する、と明記されていた。つまり乾燥空気の中で加熱すれば塩素を得られる。
空気から湿気を取って乾燥させるにも塩化カルシウムを使う。吸湿剤としてものすごく優秀なんだよね。塩化カルシウムを通して湿気を除いた空気を流しつつ、塩化カルシウム+珪砂を加熱する。発生した塩素ガスを消石灰に通す。
ちなみに消石灰ではなくて苛性ソーダ水溶液に通すと、次亜塩素酸ナトリウム水溶液が出来る。世界的に流行中の新型コロナで有名になった消毒殺菌液だ!もちろん塩素系漂白剤としても使えるよ。
この反応は発熱反応なので、液はかなり熱くなるらしい。そして不純物として食塩も混ざる。飽和した所で冷やすと、食塩が結晶化するので濾過して除く。こうして作った物は低食塩次亜塩素酸ナトリウムと呼ぶようだ。
最後に残る物にも用途がある。塩化カルシウム+珪砂の熱分解が完全に完了すると、珪酸カルシウムになる。これ、建築材料なんだよね。軽量な難燃・耐火・耐熱・断熱材になる。
但し、結晶構造で特性が変わるらしいんで、その辺で試行錯誤は必要だろうね。使われ始めたのはここ百年くらいっぽいから、中世に持ち込めば間違い無くチート建材だな。
そして日本人の大好きな稲作では、珪酸カルシウムは肥料として重要だ。イネ科植物は珪酸を必要とするんだけど、それを補給するんだ。
最初に用意すべき塩化カルシウムは、ソーダ灰製造のソルベー法によって副産物として出てくる。でもソルベー法だと、最初にアンモニアが必要なんだよ。
以前もちょっと触れたけど、アンモニア製造は意外と大変だ。
2000℃を自由自在に出来ればアンモニアを化学反応で合成できるってのは、以前考察したね。
ハーバー・ボッシュ法は超有名だけど、高温のみならず高圧を扱った上で、触媒が必要だ。最新の研究によると、日常環境である50℃以下・1気圧とか、水素源として海水を利用とか、色々特徴的な触媒を実現できたらしい。この知識があれば、異世界の魔法で何とかならんかねぇ。
天然由来とするならオシッコを醗酵させるか、それとも煮沸するか。どっちもちょっとイヤだなぁ。ただ、古代ローマでは、オシッコ由来のアンモニアを様々に使ったらしいんだよね。歯の漂白にも使ったって言うから尊敬に値する…




