異世界化学工業・ガラスはいかが?
透明なガラス窓が無い時代、窓は開けるか閉めるかの2択だったのではなかろうか。せめて日中だけでも明るくする工夫は色々あったようだけど、少なくとも一般庶民の家の中は日常的に薄暗かったと思われる。雨の日なんかは特に。
採光が不十分で昼なお暗い家の中。透明ガラスがあればなぁ。ガラスが無いなら雲母を使えばいいじゃない!
雲母とは世界中で採れる珍しくもない鉱石だ。最大の特徴は、薄く膜状に剥がれて、透明である点。しかも雲母の膜は曲げても折れにくい。鋏を使えば容易に切れる。プラスチックフィルムもかくやという性質だ。
天然鉱物だから極端に大きな物は期待できない。しかし数cm四方の物なら作れる。実際、ストーブなんかの覗き窓として現代でも使われているんだ。これを大量に作って障子の桟のような物に貼るなり挟むなりすればいいんじゃないかな。
これで採光窓は何とかなりそうだ。でも、ガラス窓、欲しいよね。
ガラス製造の難しさの1つは高温が必要な点にある。主原料は硅砂、つまり石英の砂。成分は二酸化硅素で、融点が高い。一応1650℃って事になってるけど、この温度ではまだ水飴みたいな状態らしい。普通は2000℃超にして急冷する事でガラスにする。
こうして出来るのは石英ガラスだ。耐熱性・耐熱衝撃性・耐薬品性・透明性・安定性に優れていて、現代科学文明においては様々な工業用途がある。けど、まあ、中世じゃおいそれとは作れないね。何しろ必要な温度が高過ぎる。火魔法と結界魔法に頼るしかないかな。鉄とかで高温を扱い慣れてるドワーフの出番かも。
原料の硅砂も安物だ。割とそこら中で採れる。鋳物の砂型の材料でもあるから、入手に苦労する事は無いと思う。鋳物と言えば金属加工の一分野。やっぱりドワーフと相性が良さそうだな。
現実には遥か昔のエジプト文明の頃からガラスは作られていた。高温が難しかったその時代にどうしたかというと、灰を混ぜたんだ。普通の草木灰を混ぜるとカリガラス、ソーダ灰を混ぜればソーダガラスになる。
ソーダガラスは水に溶けちゃうんで、更に石灰を加える。カルシウムが加わると溶けなくなるんだよ。ソーダ石灰ガラスの融点は約1000℃、ここまで下がれば大丈夫。ドワーフじゃなくても作れる。この製法はヴェネツィアが独占して隠し続けた事で超有名だな。
カリガラスはもうちょっと融点が高い。大変だけど、その分価値は高いんだ。硬いので彫刻に向いてる。屈折率が高いので光を閉じ込め易く、その為キラキラ輝いて綺麗。こっちはボヘミアンガラスとして有名だね。
いずれのガラスも、一度融ければ次はもっと低い温度でも良い。軟化点と呼ばれる温度があって、軟らかくなるのは融点よりずっと低い。ソーダ石灰ガラスの場合は730℃みたい。
高温を扱うから苦労も多かったけど、時代が下ると品質が安定し、形を工夫し、色を付け、重ねて組合せ、芸術性の極めて高いガラス器具が作られるようになった。
色については金属酸化物を添加したりする。思った通りに着色するのは難しいみたい。温度によっても色が変わったりしてね。不純物の関係で、無色透明にするのも工夫が要るようだ。
日本においては瑠璃だの玻璃だのギヤマンだのビイドロだの呼ばれて珍重されたのは衆知の通り。幕末には薩摩切子や天満切子や江戸切子が作られ、今に至っても芸術品としてブランドを維持している。
こういったガラスの蘊蓄は、色んな人が様々に解説してくれてる。ちょっと調べれば詳しい事がすぐわかるよ。
ガラスを作ったら、次は形の工夫。超大型板ガラスに挑戦だ!
歴史的には色々と変遷があったけど、現代ではフロート法が一般的だ。1600℃まで熱してドロドロに溶けたガラスを、溶けた錫のプールの上に流す。水と油みたいになって、非常に滑らかな板ガラスになる。
この滑らかさが重要なんだな。宙吹き法の発展で板状にした物とか、ローラーで延ばすとか、そういう方法だとどうしても表面が波打ったり凸凹したりする。これを平らにするには削るしかない。これが重労働でね。
しかし1600℃って、鉄の溶解炉と同じ高温だ。やっぱりドワーフの秘術が必要かなぁ。人間が出そうと思ったら燃料としてコークスが必要でね、コークス以外では1600℃に到達しない。鞴で目一杯送風して、薪で1000℃、木炭だと1300℃だ。
産業革命でもないのに石炭が必要かぁ。どうしよう。
別の方向から考えよう。燃えてる木炭に水蒸気を反応させると、水素+一酸化炭素の可燃性ガスが出来る。水性ガスとか合成ガスとか呼ばれてる物だ。戦時中の木炭バスの仕組で、かつては都市ガスとしても使われていた。水素の燃焼温度は約3000℃だから、一酸化炭素の割合を減らして1600℃超にならないかな。現代日本なら一酸化炭素だけ選択的に酸化する触媒があるんだけど。
う~ん、どんどん中世のイメージからかけ離れるなぁ。どうしよう。




