異世界化学工業・閑話 木綿で学ぶリアル世界史
異世界でも生産に成功した苛性ソーダだが、その用途に木綿の漂白というのがある。晒加工とも言う。綿布を苛性ソーダで煮ると白くなるんだよ。
木綿の繊維には油脂や蛋白質が付いている。それが原因で黄土色っぽいような薄汚れた色になるんだ。これを苛性ソーダで煮込むと油脂は石鹸と化して溶け出し、蛋白質は加水分解されて溶け出す。
更に漂白剤を使えば完璧なんだけどな。漂白剤は、異世界では諦めよう。ちょっとした知識チート程度ではどうにもならない。塩素系漂白剤を作るには電気が必要で、酸素系漂白剤には石炭化学が要る。さすがに無理が過ぎるだろう。
ちなみに綿花はリグニンをほとんど含まず、ほぼセルロースだけだ。だから繊維状でフワフワしてる。植物の頑丈さはリグニンが作ってるからね。
そんな綿織物は現代では一般的だが、中世ヨーロッパには無かった。でもね、ヨーロッパにおける木綿の歴史を調べると非常に興味深い話がゾロゾロ出てくるよ。異世界では役に立たないけどさ。
そもそも木綿はインドが原産で、中国や半島や列島に北上した。
ヨーロッパが大きく動くのは産業革命からだ。蒸気機関を利用する事で紡績と織布が自動化され、綿布が大量生産されるようになる。
なぜ綿布だったのか?これには東インド会社って組織が関係してる。
ものすご〜くぶっちゃけて言うと、蛮族であるヨーロッパ(断言)特にイギリスがアジアの富を分捕ろうと、当時の世界貿易の中心であるインドに国家の出先機関を置いた。
ちなみに世界貿易の中心はもう一つあって、言わずと知れた中国だったりする。こちらの経済圏には東南アジアにオランダが出ていて、ヨーロッパで高価だった香辛料を輸入していた。イギリスもここに出張ったけど、喧嘩に負けて引き下がり、インドはどうよと行ってみたって訳だな。
東インド会社は綿織物なる薄くて軽くて吸湿性抜群で染色も容易な布を見つけて輸入した。ヨーロッパじゃ布は毛か麻かって時代。それと比べて素晴らしい着心地の目新しい布がウケにウケた。じゃあ国内生産してみようと頑張ったのが、上述の自動紡績機と自動織機になったんだ。
しかし彼らはやり過ぎた。作り過ぎたんだ。そこで余り物を中国に持ち込んで、これは失敗した。何しろ綿布に関しては歴史が違う。品質が悪過ぎて、とても買い手が付かなかったらしい。仕方が無いんでインドに無理矢理売り付けた。
綿花をインドから買って、綿布をインドに売る。東インド会社を通してイギリスはインド民衆から搾取した訳だ。これが後に、マハトマ・ガンジーによるインド独立運動につながった。
ところで最初に中国へ持ち込んだ理由だけども。中国からは茶と陶磁器と絹の輸入額が大きかったんだ。その為イギリスは輸入超過となる。決済には銀を使ったんで、イギリスから中国に銀が流出する事になった。銀じゃなくても、貿易額の不均衡は現代でも問題になるよね。貿易摩擦。
綿布が売れずに困ったイギリスは、インドで麻薬の阿片を作って中国に売った。そうやって貿易赤字の解消を図ったんだけど、ふざけるな!って話だよね。まぁこれは中国側にも問題があったんだけどさ。その頃中国では阿片を吸う習慣が広がってて、ここにイギリスがインド阿片を持ち込んだ訳だ。
これが阿片戦争につながる。結果は眠れる獅子=中国のボロ負け。その後始末の過程で香港がイギリスに奪われたりした。中国に返還されたのは1997年、つい20年ちょっと前の話だな。しかも2047年までは資本主義を維持する事になってる。今でもたまに新聞に載る一国二制度って奴はコレなんだ。
でも中国はね、この敗戦にあんまり危機感を感じなかったらしい。だからその後、中華人民共和国となってからも中華思想は抜けなかったとか… 危機感を覚えたのは一部の有識者のみ。しかしその危機感は日本に伝わり、江戸幕府無血開城の遠因となった。
なおイギリスでは、この産業革命という大きな流れの中で資産を蓄えて中産階級となる平民が大量に現れた。これが封建社会を打倒して市民革命へと続き、王様の時代は終焉を迎えた。
ちなみに貴族と教会による地方分権の時代から絶対王政への移行を以て、ヨーロッパの中世はとっくに終わっていたのだった。
余談だけどこの後も、新大陸=アメリカで綿花が大量栽培され、そこで黒人奴隷が使われたり開放運動が起きたり黒人差別が残ったり、という現在進行系の流れがある。
以上、木綿を軸に世界史を概観してみたけども。フェアトレードとか四民平等とかの概念の無い時代の話だからね。今の人権尊重の目で見ると、とても正視できない話が横行してる。でもね、そういう時代の流れってのをうまく利用した要領の良い奴だけがのし上がれるんだよ。そして勝ち組が遠い目で歴史を語る。それは現代でも変わらない。
俺もねぇ、今にして思えばチャンスが数回あったんだがなぁ。悉く逃してるんだよ… 涙がちょちょ切れるぜ。マジで。
2020/09/30
漂白剤も何とかなる可能性が…
異世界化学工業・漂白剤にまつわるエトセトラ
https://ncode.syosetu.com/n1755ei/33/




