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異世界化学工業・紙を作ろう

 前回はソーダ灰と石灰水から苛性ソーダ、水酸化ナトリウムを作った。


 苛性ソーダは、保管は考えない方が良い。作った端から使っていこう。異世界だと容器の素材が存在しないから。地球ではプラスチックかゴムの容器が指定されてる。異世界だったら結界魔法でも使うしかないだろうな。結界で封じ込めて保管する薬品ってどうなんだ…


 そんな劇薬の苛性ソーダだけど、応用範囲は広い。まずは紙かな。知識チートで良く出てくる木紙を作ってみよう。


 紙は、破砕した植物から繊維を取り出し、叩いたり擦り潰したりして形や柔らかさ等々を調節し、膜状に敷いて圧着、乾燥させて作る。古代中国で蔡倫という宦官が確立して以来1900年余り、延々と改良が続いているが、基本手順は変わらない。それだけ完成度の高い製法だと言えるだろうな。


 植物細胞は周りを細胞壁が囲んでいる。細胞壁を化学的に見ると、セルロースが中心的な繊維となり、ヘミセルロースが橋渡しして網を作り、リグニンが網の目を埋めて強くしている。


 このリグニンが厄介なんだよな。


 リグニンは破裏拳じゃなくて芳香族ポリマーの一種だ。植物によっても変化して多様な種類があるんだけど、いずれも頑固。ほとんど化学反応しない。生命の象徴たる有機物にも関わらず、食い付ける輩が居ないんだよ。いかに母なる大地と言えど、かつては押し固めて加熱くらいしか出来なかった。こうして往年の難分解性高分子化合物は、大地に埋まり石炭と化した訳だ。


 生物の進化は凄まじいもので、そんな焦げ付き必至の不良債権にも引き受け手が現れた。一体どれだけヤクザな生物だろうと身構えて調べると、ナメコ椎茸ひらたけ舞茸エノキダケ… なんだか涎が垂れそうなんだけど。


 この頑固物質を無理矢理溶かす為に、苛性ソーダで煮込むんだ。じょうかいと言う。セルロースは流石の安定性で、苛性ソーダには溶け難い。ヘミセルロースは溶けちゃうんだけどね、またセルロースにくっ付いたりする。こうして採れた繊維の塊がパルプだ。


 次はパルプを叩いたり擦り潰したりする。こうかいと言う。紙の品質に直接影響する重要な工程だ。


 叩解したパルプを水中に分散させて、膜状に広げて水を切る。これを手作業で行う事を漉くと言い、機械で行う事を抄くと言う。そうして圧着すると、セルロースやヘミセルロースが水素結合でくっ付く。


 以上が製紙の基本原理だ。ここからの発展の方向は2つある。質と量だ。


 ヤマト王朝が成立して間も無く、日本でも紙作りが始まったらしい。それから連綿と続く日本の紙は、質を求めて発展した。原料を吟味し、製法を改善し、用途を工夫した。


 紙に最適な原料を吟味し、こうぞみつまたがんを選んだ。木の皮の下にわずかに存在する白い繊維質をじんと呼ぶが、これらの木の靭皮はリグニンが極端に少なく色白で、繊維が柔らかくて長い。


 また水に分散させる際には水に粘り気を持たせるのが和紙製法の特徴だが、この為にトロロアオイという草を使う。ちなみに現代日本では茨城がシェア90%以上なんだけど、2020年に作付けを止めると言っている。金なら出すという話もあったようだが、欲しいのは金じゃなくて後継者であると。我こそはと思う青年は名乗りを上げてくれ。迷ってる暇は無いぞ。


 こうして出来た和紙は薄くて均一で丈夫だ。どのくらい丈夫かと言うと、服を作れる位。かみと言う。軽くて吸湿性や消臭性に優れ、日本中で貴賤を問わず人気があったみたい。座布団とかなら今でも入手可能のようだ。


 一方で西に伝わった紙は、イスラム世界を経由してヨーロッパに届いた。亜麻や木綿のが原料だったらしい。やがて活版印刷が発明され製紙の機械化が進んで大量生産・大量消費の流れが整うと、襤褸が原料ではとても間に合わない。そこでスズメバチの営巣をヒントに木材からのパルプ製法が発明されたんだ。


 問題は歴史のタイミングなんだよなぁ。


 実は中世の間に紙が伝わってるんだよね、ポツポツと。但しヨーロッパ全土に広まるのは、中世近世が過ぎて産業革命が起こり近代になってから漸くだ。その辺りの機微が異世界ではどうなるか、だな。


 それともう一点、苛性ソーダで溶かしたリグニンをどうするか。


 これは捨て置けない問題なんだよ。木材のリグニン含有率は、大雑把に30%前後らしい。つまり使い道も無く自然に還る事も無い物質を物凄い勢いで取り出し続けている訳で。どうするよコレ。


 未使用の苛性ソーダ液を白液と言い、使用後は黒液と呼ぶ。煮詰めて水分を7割方飛ばすと、黒液は燃えるようになる。強アルカリだから腐食性が強いし、油分が鹸化されるから泡立つし、扱い難いったらありゃしないけど、燃える。しかも残った灰はソーダ灰。使い回せるんだよ。


 異世界に公害を持ち込んじゃいけないな。後始末はキッチリしようぜ。

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