異世界化学工業・いよいよソーダ灰
化学工業と言いながら、貝殻や石灰岩を焼くだの塩田で苦汁を作るだの、地味な上に化学感イマイチな話が続いた。今回はいよいよ、ソーダ灰を作って化学に挑戦だ!
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日が短くなってきて肌寒い日も増えてきた今日この頃、赤い絨毯を敷き詰めたような湿地帯。これがアッケシソウ畑だ。
アッケシソウは涼しい地方の植物らしい。日本での南限は四国や中国地方になるようだけど、世界的にはどうなんだろう。
塩と砂の影響でまともな耕作の出来ない、海岸か湖岸地域が見つかると良いな。そこに広大な塩田を作って、水を引き込む場所は砂地にして、そこをアッケシソウ畑にしようか。塩田と畑は完全に分離した方が良いのかなぁ。ちょっと研究が必要だな。
アッケシソウってのは何かと言うと、八百屋なんかで最近良く見かけるオカヒジキの仲間だ。塩水で育つという変わり者で、アッケシソウも食べられる!…いやそれも重要だけど、それ以上に、化学工業にとって重要な原料となるんだ。
アッケシソウを燃やした灰は、普通の草木灰とは成分が違う。普通は炭酸カリウムを多く含むんだけど、アッケシソウの灰は炭酸ナトリウムが中心になる。そう、ソーダ灰だ。
アッケシソウを刈り取って乾燥させ、燃やして灰にする。灰を採るのが目的だから、燃やし方を一工夫した方が良いかもね。
そうだな、蒸し焼きにして炭にして、軽く固めて塊にして、それから火を付けようか。いきなり燃やすと炎に煽られて灰が舞い上がりそうだし、燃え残りの炭が大量に出そうだし。
こうして得た灰を真水に溶かす。上澄み液が炭酸ナトリウム水溶液だな。
さぁてここからが化学だ。準備は良いかい?
まずは酢と混ぜようか。木酢液でもイケるかな?アッケシソウの蒸し焼きで出る煙を冷やせば木酢液になりそうだ。3ヶ月以上静置すると木タールが沈殿して、その上澄液の主成分が酢酸だ。不純物も多いから蒸留したいな。酢酸の蒸留は難しいんだけどね。
余談だけど木タールは強い殺菌作用があるんだ。防腐剤になる。木材に塗ったりして使えるよ。
同じように石炭を蒸し焼きにするとコールタールが採れるけど、コールタールはダメだ。発癌性がある。世界で最初に発癌性を証明されたって曰く付きのブツだ。これは日本人の幻のノーベル賞で有名な話。でも木タールは成分が全然違ってて、発癌性は無いそうだ。その証明にも一悶着あったみたいだけどな。
おっと脇道に逸れた。え〜と、酢酸と炭酸ナトリウムは中和して酢酸ナトリウムになる。乾燥させると酢酸ナトリウム・3水和物だ。これ、何だと思う?
現代日本だとビニール袋に入れるんだけど、異世界だったら豚の膀胱かな。あるいは普通に水筒用の革袋でいいかなぁ。これに酢酸ナトリウム・3水和物200gを入れ、水を数滴垂らして密封する。湯煎して60℃以上にすると粉末が溶けるから、全部溶けたら取り出して冷ましておく。
ここからがマジック!この袋に衝撃を与える。パチン!これでおおよそ50℃位に温まる。それが数十分続くんだ。冷めたらまた湯煎して、何度でも使える!
衝撃の与え方については、現代日本だと髪留めのヘアピンを入れておいて、パチン!とやるんだけどね。異世界に同じ物があればいいけど。ドワーフの鍛冶屋にでも頼もうかな。
という訳でエコカイロなのだった。なお酢酸ナトリウムは媒染液としても使われる、らしい。弱アルカリの緩衝液になるので云々… ごめん。調べてくれ。
次に行こう。
貝殻や石灰岩を焼くと、二酸化炭素が大量に出る。これを捨てずに集めて使おう。この中に炭酸ナトリウム水溶液を噴霧する。すると炭酸水素ナトリウムが出来る…筈なんだよな理論上は。炭酸水素ナトリウムは水に溶けにくいので、雫を集めて沈殿物を取り出して乾燥させる。上澄み液は未反応の炭酸ナトリウムなので、また噴霧する。
炭酸ナトリウムだの炭酸水素ナトリウムだの、似たような名前が続いて目が滑るかい?前者はソーダ灰、後者は重曹とも言う。洋菓子作りに極めて重要なベーキングパウダーの有効成分の、あの重曹だ。
それから次は。
ソーダ灰と石灰水を混ぜよう。そうすると炭酸カルシウムが沈殿して、上澄み液が水酸化ナトリウム水溶液になる。苛性ソーダ、取扱注意の劇薬だぜ。
沈殿した炭酸カルシウムも回収しよう。水酸化ナトリウムを綺麗に洗い流して沈殿した粉だけ集める。これは貝殻や石灰岩と一緒に焼いても良いんだけどね、汚れを含まない真っ白な粉末だから勿体無い。例えば糊で練って固めてチョークを作れる。
黒板の方は、最初は石板かな。漢字文化圏では硯にも使われる粘板岩が中世ヨーロッパで屋根葺き材として使われてたようだから、これを流用できるな。
ちなみに日本への伝来は、世界的に見ても黒板史のかなり初期のようだ。製法を調べても日本の話ばっかり。木の板にお歯黒を塗った?墨汁を塗って柿渋で仕上げた?異世界で一体どうしろと…




