製塩の工業化
人力と自然の力を利用した製塩技術としては一つの極みと言える入浜式塩田。その次の発展は人間の限界を超えた低コスト化だ。その為に動力や工業技術を利用する。
工業的な発展の最初は、釜の工夫だった。明治の中頃に西洋の方法を導入した。海水を釜に入れて煮詰める前に、少しでも温めておく。煮詰めている火からの煙を使う。無駄に捨ててた熱を利用したって事だな。そうやって事前に温める為の釜を予熱釜と言い、煮詰めて塩の結晶を採る釜を結晶釜と言う。何の捻りも無いけど。
次の変化は昭和の始め。釜を密閉した。結晶釜からの水蒸気を予熱釜に送り込んだ。煙と水蒸気の両方を併用する事で、熱効率が随分と上がった。即ち燃料を節約できた。
釜の密閉を前提として、更なる工夫が施された。釜の中の気圧を下げて沸点を下げる。完全に工業の発想だね。詳しい構造は調べてくれ。元々はアメリカで始まったらしい。日本に来たのは昭和2年で、昭和30年代の頃にはほとんどコレになったとか。釜は縦長で、立ててあるように見えるから立釜と呼ぶ。立釜に対して従来の釜を平釜と言った。
立釜の次は濃縮方法の工夫だ。流下式枝条架併用塩田。砂を使わない。水を吸わない緩い坂を作って海水を流し、太陽熱で濃縮。竹箒を上下引っくり返して並べたような構造物を枝条架と言い、濃縮した海水を枝条架に滴らせる事で風に晒して更に濃縮。砂を使わないので、最初から最後まで海水を液体のまま動かす。だからポンプを使えて、動力を利用できるようになった。
異世界で再現できるかな?
まず、ポンプを作るにはそれなりの工作精度が必要だ。ドワーフの職人芸でどこまでイケる?って言うか素直に魔法でいいのか。難しいのは延々と水を送り続ける点。魔法陣と魔石の組合せかな?あ、水魔法で真水を出しちゃダメだぜ。今回必要なのは塩水だ。そして塩水を出せるなら、最初から塩を出せって話だし。だから魔法陣の機能はあくまで送水だ。
風魔法の方も同じ。切り裂く必要が無い代わりに、24時間365日。こっちは迷う事無く魔法陣と魔石だな。
立釜の方も、工業を無視して魔法にした方がいいかもね。平釜に結界を張って空気を抜こう。ただ、闇雲に水分を全部飛ばしちゃダメだ。石膏と苦汁の都合で細かい制御が要る。うん、魔力操作の練習にいいかも知れない。駆け出しの魔法使いが練習ついでに量産する設定はどうだろう。でも塩は生活必需品だから人海戦術が必要かな?すると魔法使いはありふれた職業になる?う〜ん、どうだろうなぁ。やっぱり火を焚いて煮詰めた方が分かり易いかなぁ。
異世界の考察が煮詰まってきたので現実世界に戻ろう。流下式枝条架併用塩田は歴史がはっきりしている。昭和28~47年。うむ。それ以降はどうなった?
イオン交換膜製塩法。そう、悪名高い化学製塩だ。化学なんて言うと関係者は眉を顰めるんだけどさ、化学薬品を混ぜて作ってる訳じゃないと。
一言でまとめると、塩化ナトリウムだけを濾過する技術だ。…と思ってたんだよ俺も。違うらしい。カルシウムやマグネシウムやカリウムも濾過するんだって。え?って事は苦汁も含むんじゃない?あれ?誰だ純粋な塩化ナトリウムになるって言ったのは?イオン交換膜を通した後に、別の工程で苦汁を除く事になるよ?あれれ?
調べてみた。うん、ネットサーフィンした位じゃ全くわからん!怪しげな啓蒙記事は沢山あるんだけどさ、製塩の仕組から苦汁除去方法を正確に論じた記事が無い。おいおい勘弁してくれよ。
装置としては、イオン1個分くらいの細っかい穴の開いた膜を沢山使う。この膜には電圧をかけておく。膜のプラス・マイナスとイオンのマイナスやらプラスやらで力が働いて、イオンは細っかい穴を通り抜ける。あ、段々頭が痛くなってきた?でもここがわからんと、イオン交換膜製塩法は化学製塩で体に悪いなんて根拠も無く騒ぐワカランチンになっちゃうよ。高校とは言わない、中学の理科を復習しよう。
で、だ。その細っかい穴の直径は、小さめのイオン1個分。それより大きいモノは通れない。水分子もダメだとか。硫酸イオンもダメ。マグネシウムイオンとかカリウムイオンはOKみたい。だからイオン交換膜製塩法でも苦汁が出来る。但し成分としては、硫酸マグネシウムは含まれないらしい。
そんな事よりも重要な話がある。海の汚れを排除する効果があるんだよ。硫酸イオンその他大きなイオンは排除され、同じ理由で重金属も排除され、電気的に中性の分子も排除される。
イオン交換膜製塩法に完全に切り替わったのが昭和47年だって点にも意味があるだろう。高度経済成長期の末期。公害が大問題になっていた。学校でも教わる四大公害病について、裁判提訴は昭和42~44年。この時期は海も汚れまくっていた。公害で汚れた海水から天然自然の塩なんか作ったらどうなると思う?イオン交換膜製塩法なら安全な塩を作れるんだ。
ま、それはそれとして、だ。日本の製塩技術はイオン交換膜製塩法と立釜によって一つの究極に到達した。そのコスト効率は凄まじいモノがある。しかしだ、更にコスト効率を上げる方法は無いのか?
製塩のコストは設備投資の他に3つある。ポンプその他の動力と、煮詰める為の熱源と、そして、土地の値段だ。海水を動かす為にポンプは不可欠としても、熱源が不要で土地がタダみたいな値段だったら、一体どうなるだろうか?
その答えの一つがメキシコのゲレロネグロ塩田だろう。
世界最大。東京23区と同じ位の広さを誇る。東京23区を全部潰して塩田にすると考えたら、土地代だけで一体いくらかかるやら。土地が安いってのは素晴らしいな。
そして熱源。ほとんど太陽だけ。なんてったって砂漠だもんね。年間降水量は瀬戸内地方のおよそ20分の1。
広大な池をゆっくり回りながら、海水は太陽に照らされて、ゆっくりゆっくり濃縮される。掛ける時間は常識を超える。1年かけて濃くなって、半年かけて結晶する。その代わり燃料は不要。土地がタダみたいな値段だからこそのやり方だ。
ゆっくり成長した塩の結晶ってね、純粋な塩化ナトリウムになるんだ。結晶に不純物が混ざらない。大事に育てた塩の子は、純に育った箱入り娘。苦汁を飲まされたりしない。そう、苦汁は表面にくっつく。結晶の表面を洗えば高純度の塩化ナトリウムになる。江戸時代の人達が求めて止まなかった真塩だ。
そして塩田には微小な魔物が棲みつく。いや微魔物じゃなくて微生物だね。その事で面白い記事を見つけたのでURLを貼っとこう。リンクとか引用とかしない方針なんだけどさ。内容は濃いが門外漢でも読める文章になってるし、分野も独特だったんでね。下手に俺がまとめるより直接読んでもらった方が、小説のネタに資する所が大きいだろう。極限環境生物学会誌への寄稿文らしい。塩田を描写する必要があったら参考にして欲しい。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjse/6/1/6_1_4/_pdf
2018/03/09 サブタイトル変更
旧: 塩の製造 (3)
新: 製塩の工業化




