ロボスの中
撤退の途中で何度かフィースの攻撃にもあったが、何とか無事にロボスの中へと戻ることが出来た。
「くそっ……。あの嘲笑うかのような顔…。くそっ、フィースの奴らめ。いつか……、いつか……!!」
私は撤退時にフィース軍の兵士が見下すかのように私達を笑った事への怒りに取り憑かれていた。しかし疲れ切った体で表現出来る怒りにも限界があるらしい。私の憎しみの叫びは、口から出て行く頃にはお経と化していた。
「ドロ、一旦休んだ方がいい。顔が真っ青だぞ。グリペンはもう使い果たしたのか?」
私がブツブツとお経を唱えている間に、オリゴは私の元へやってきてグリペンをポッケの中から探し出し私に注入する。グリペンとは、各兵士に3本ずつ配給された小型の注射器で非常用のエネルギーだ。中味は普段パイプラインから自由に取れる食料の、特定の栄養素だけを抽出した物らしい。それが何なのかは知らされていないが、この栄養がないと私達は生きていけないらしい。何故なのかは、オリゴでさへ分からないのだ。私に分かるはずもない。
「…よし、これで後はゆっくり寝れば大丈夫だ。おい、そこの者、ドロを寝室へ運んでやってくれ。ドロ、今日はひとまずゆっくり休もう。」
そう言うとオリゴは何処かへ行ってしまった。幹部会議でもあるのだろうか。私はというと、2人掛かりで寝室へと運ばれ、それから目を閉じ、別の世界へ…。
幼い頃父から聞いた事がある。私が産まれるもっと昔、この世界にロボスなんて存在しなかったのだと。フィースとフラギリスは元を正せば1つの国だったのだと。王族なんてものも無く、職業も自由に選べたらしい。争いも、貧富の差も無い、平和な世界だったのだ。そんな世界の中で、私は商店街の道のど真ん中に立っている。野菜を売る店、肉を売る店、服やアクセサリーを売る店、数え切れない程色んな店があって店主もお客も私の知ってる人ばかりだ。皆んな笑っている。私は沢山の人が行き交う中でボーッとつっ立っていた。店の明かりだろうか、人々の明るさだろうか、夜なのにちっとも暗くない。すると、少し離れた所から両親がこっちに向かって手を招いていた。私は子供なのか。通りで周りの人間が大きい訳だ。何だか嬉しくなって、にこにこしながら両親の方へ走って行く。子供の歩幅は案外小さいもので走っても走っても中々進まない。段々と息が荒くなってくる。もう少し、もう少しで両親の所まで着く。息を切らしながら人混みを掻き分け、やっとの事でたどり着いて両親の方を見上げると
「私……??」
そこには母親に抱えられて嬉しそうに笑っている子供の私がいた。でも何かおかしい。背丈からして私も子供なのだ。しかも向こうの私と同い年位だろう。詰まり全く同じ私が2人いる。この摩訶不思議な状況に困惑している私に笑顔で私が言う。
「1人で十分だよ。」
「えっ……??」
と言った自分の声と共に目が覚めた。重い体をゆっくりと起こす。相変わらず気分は悪く、何故だか胸が苦しい。あの変な夢のせいだろうか。子供の頃を夢で第3者として見る。誰にでもあるシチュエーションだし、別に不自然でも何でもないのだけれど「1人で十分だよ。」あの笑いながら言い放たれた一言がやはり不気味で妙に胸に突き刺さる。気晴らしにベッドの横の窓から外の景色を眺めるが、残念、しとしと雨が降っていた。
「これじゃ外でまともに動けないな…。前は雨など降らなかったのに。」
私達の人種は体に雨が当たると上手く動けなくなる。何というか、体中のありとあらゆる機能が極端に低下して、これがまた原因が不明なのだ。だから、「雨は神の涙なり。家屋にて祈りを捧げよ」という言い伝えが昔からあり、誰も外に出ようとしない。とはいえここは元々雨など降らない地域だった。しかし、戦争が始まってから徐々に雨が降るようになってきたのだ。同じ国の人間同士が争い殺し合う様を見て、神が悲しみ泣いているのだろうか。ベッドから出て、重たい体を引きずりながら廊下を歩く。すると向こうから1人の兵士が走ってきた。
「ドロ司令官。お体は大丈夫ですか?」
「あぁ、随分と寝たおかげで少し良くなってきたよ。オリゴは何処だ。」
「会議に出席されています。総司令官や他の幹部様達も皆さんもうお揃いですよ。」
それを聞いて、私はフラギリス軍館中央会議室に向かった。重厚な扉を開けるとそこにはぐるっと円を描くようにしてフラギリス軍の幹部が揃って座っていた。奥の方にはプロジェクターでコックスが映し出されている。性能とやらの話でもしていたのだろうか。皆、険しい顔付きで私を迎えてくれた。
「ドロ、もう大丈夫なのか?」
心配そうにオリゴが声を掛けてくる
「まぁ、取り敢えず歩けそうだ。それより、何の話だ?」
「現在のコックスの威力についてだよ、ドロ君。」
その声はゆっくりと私の鼓膜を揺らしてきた。何処までも響き渡るような超低音で、私を睨みつけながら意味有りげな雰囲気で言う。私が最も嫌っていた人物の1人、ドパ・ヘリックス総司令官だ。白髪で、フレームの無い眼鏡、すらっとした身体で軍人と言うより何処かのインテリだ。誰かから聞いた話では、まだあいつが兵士だった頃、考えもせずに闇雲に戦う脳筋やろうばかりだとほざいていたらしい。それ位、兵士という存在を嫌っていたと。それ故か、今ではチェス感覚で指揮をとっている。自分は司令室からただの1歩も出ずに。
「説明を続けなさい。」
やつがそう言うと、技術部のチーフが話し始めた。私はその話を聞き流しつつ自分の席へと着く。すると隣の席のオリゴが
「総司令、今回の敗戦で首の皮がヤバいらしいぞ。」
「そりゃそうだろ、何千もの兵士をあの世に送った挙句に成果無し、撤退。これで軍の奴らや市民が納得する訳がない。」
「次の総司令誰だろうね?」
「さぁ、別に誰がなったって私には関係無いが、最前線に行く位の度胸のある奴がなるべきだ。」
「じゃあドロは…」
オリゴが言い掛けた矢先に
「何をひそひそと話しているんだい?意見があるなら皆の前で言いなさい、オリゴ君。」
ひそひそ話しが総司令に見つかってしまい、オリゴはあたふたしながら何も言えなくなっていた。彼は、急に何かを言われたり、頼まれたりすると時々ああなってしまう。兎に角応用が効かないのだ。これが彼の唯一最大の欠点である。それぞれのチームの現状について話していましたとか適当に言っとけばいいものを、何故彼はあんなにも何も言えなくなるのか私には理解出来ない。しかし、ここは何とか切り抜けなくては
「ヘリックス総司令官、相手の兵器をご存知でしょうか?向こうはたった1発で何人もの兵士を殺していきます。対して此方は1発で1人。問題なのは威力ではなく効率なのです。」
「ドロ君、君は仮にも1司令官だ。本来であれば、例え他の兵士の命を犠牲にしてでも生き残り、指示を出す。君の持つリーダーシップによって他の兵士との差別化がなされ、守られるべき価値を産み出すんだ。なのに君ときたら戦いの度に先頭を切って走って行く。自分の価値を全く分かっていない。」
「お言葉ですが総司令、私は勝利にのみ価値を見出しております。その為には、敵兵の数を減らさなければなりません。その為の指示や戦闘なのです。自らの力で敵を減らせない人間に何の価値がありましょうか?指示も戦闘も勝利への手段に過ぎません。果たすべきは目的なのです。」
「成る程、君は戦えない人間に価値は無いと、そう言いたいんだね?司令室に入り浸りの私に価値など無いと、そう言いたいんだね?」
相変わらず、ゆっくりと威圧感のある低音だ。きっと内心怒っているに違い無いが、一切表情には出ていなかった。淡々と、確認していく様な口ぶりで話している。
しかし、こうはっきり聞かれると返答に困る。はい、そうですと言いたいところだが中々そうもいかない。本当に組織という物の中で生きて行くのは窮屈だ。
「まぁ、いい。自分の考えを持つのは結構な事だ。何も考えない愚か者よりかはな。チーフ、コックスの威力はあとどの位強化出来るんだ?」
そう聞かれると、チーフはしどろもどろになった。白髪にメガネ、白衣を着て如何にも博士に見える。
「えぇ…現在の技術では…これ以上は望めないかと…。」
「君は技術部のチーフだろ?君の価値は技術と知識にこそ有るんだ。この程度で役目を果たせていると思えるかね?」
チーフは更に焦り出し、目は泳ぎ顔は汗ばんできている。
「はぁ…そう言われましても…」
人の価値が何処にあるかなんて他人が決める事じゃない。そんなものは自分で決めて皆んな生きて行くんだ。他人にとっては無価値でも、自分にとっては価値のある事なんて腐る程有るじゃないか。それに、急を要する今、価値がどうのと議論している暇なんて無いんだ。そんな状況も分からない総司令に腹立たしさを感じた。
「現在の型だって人を殺せる威力はあります。我々がフィースよりも数的にも技術的にも劣っているのは事実です。そしてそれは今直ぐにどうこうなる物ではない。よって我々はもっと組織として戦略的に戦うべきなのです。」
他の幹部達がざわつき始めた。中には私を見て笑っている者もいる。オリゴは私のことを心配そうに見上げている。そりゃそうだ、総司令官に真っ向から歯向かっているのだから。そして何より、我々フラギリスの方が劣っていると幹部全員の前で断言してしまったのだから。これまで冷静だった総司令官も人が変わった様に怒鳴り始めた。
「わっ、我々フラギリスが劣っているだと!!貴様は何を証拠に言ってるんだ!おい、何とか言え!この司令官の風上にも置けない腰抜けめ!貴様を叩き直してやる!」
そう叫ぶと総司令は見張りの者を呼びつけた
「こいつを独房へ閉じ込めろ!」
「今はそんな状況じゃないと言ってるではないですか!」
周りの幹部も反対してくれたがしかし
「閉じ込めろ!早く連れて行け!」
抵抗する暇も無く、私はあの一筋の光しか差さない独房へと連れて行かれたのだった。
独房は全面タイルで覆われていて、座っていないと入れない高さだ。入る扉の所には食事を渡すための小窓があるが、外からしか開けられない様になっていて、ほんのすこしの隙間から光が差すだけで基本的に何も見えない。冷たく、暗い世界。まるで今のこの戦乱の世を表しているかの様ですこし可笑しくなった。さて、動きを拘束されたとは言え、思考まで止める訳にはいかない。何度も言うが、時は一刻を争うのだ。フィース軍のあの一斉に放たれる鉄線、あの数を避けきるのは確かに困難だ。そして身体に刺さったが最期、黒焦げにされてしまう。かといって、今のコックスの威力で鉄線は焼き切れない。ここまでは整理出来た。
まて、、「避ける」?何故避けなければならない。何故私達は「防ぐ」方法を考えようとしなかったんだ。今までの私達の防具は全て金属製の物だ。防具と言ってもせいぜい脛当てや鎧、盾程度の物だが。しかしこれらでは盾で弾けなかった場合、カバーしていない身体箇所に刺さってしまうし、盾で防げたとしても当たった瞬間に電気が流れてしまえば忽ち感電して丸焦げになってしまう。確かに金属は強いが、電流を遮断するにはゴムか何かで防具を作るべきなのではないだろうか。
何日も暗い穴ぐらの中にいた。1日が1年のように長い。隣の独房から悲鳴の様な叫び声の様なものが聴こえてきたり、時には妙に高らかな笑い声も聴こえてくる。微かな光に時々目を当てとかないと、暗闇でおかしくなって外の世界に出られなくなる。私には何日間という期限が与えられなかったのでいつ出られるのかも検討も付かず、ゴールの無い孤独な戦いを毎日していた。3日も経てば、時には何故こんな所に入れられたのかと叫び、時には私が悪かったと言いながら泣き、時には放心状態という実に不安定な状態になり、1週間後には隣の独房の声にも怒りや孤独と言った感情にも、私の身体は反応しなくなっていた。そしてその時が来たのはそれから数日後だ。
ガチャン、ギッ、ギー
「ドロ?ドロ!おいしっかりしろよ!出られるぞ!」
一気に外の光が差し込んできて、世界は黒から白へと変わってゆく。
眩しくて殆ど顔は見えなかったが、声で分かった。私を迎えたのは確かにオリゴだった。しかし、声が上手く出せない。そういえば、声ってどうやって出してたんだっけ?
「………コホォッ、コホォッ、あっ、あー」
「……大丈夫?」
「よし、声が戻った。やっと出られたんだな。何日経ったんだ。」
「9日だよ。本当、こんな内輪揉めしてる場合ではなかったのにね。いつフィースが攻めてくるか分からないし、今の今も新しい兵器が開発されてるかもしれないのに。本当に申し訳ない、ドロ。」
「無くなった時間を物乞いしたところで得られるわけでもあるまい。進まないとな。まぁ、私だってあの時間を全て無駄にはしてないさ。穴ぐらの中で考えていたんだが防具の事で提案がある。皆んなを会議室に集めてくれないか?」
「皆んなって?」
「だから、総司令や幹部達だよ。」
「…そうか、ドロはいなかったんだね。」
「は?何がだ?」
さっきから彼の言ってる事がさっぱり理解出来ないでいた。私がいないって、何処にだ?
「総司令は、死んだよ。」