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夕闇は瞳の中に  作者: 卯ノ花実華子
Strength for myself: 人を守るための力が欲しい
4/6

斬らない剣

 挨拶を終えたブルーは、軽い身のこなしで立ち上がり、リオに微笑みかける。才能のひとつなのだろうか。ブルーが纏う雰囲気は、こちらの牙を抜き、まだよく知らない間柄なのに、まるで随分と前から既知の仲だったかのように錯覚させる。

 たしかに、ブルーは、リオが聞いていたオード帝国の騎士団長の風貌によく似ていた。が、腰に大剣をぶらさげた金髪碧眼の青年など、ごまんといる。彼が、ブルーであるという証拠にはならないのだ。その可能性が非常に高いというだけで、完全に信じ切ってしまうのは早計だろう。

 ただ、その疑惑をこの青年の前で出してしまうのは得策ではないのかもしれない。


 あらためて、リオは父から言われた言葉を思い出す。


「オードへ」


 オード帝国になにがあるかは分からない。そこでなにをなすべきなのかも、分からない。そこで誰が待っていて、もしくは誰が待ち構えていて、どんな状況が自分に襲いかかるかも分からない。ないないづくしの中、現在、手がかりはそれしかないのだ。


 だったら、やるしかない。


 そのためには、このブルーと名乗る青年を利用するのも仕方ないことかもしれない。どこまで剣の腕が立つかは分からないが、もしそこそこの腕前を持っているのなら、父の言いつけ通り、リオは極力魔法を使うことなくオードへ向かうことができる。


「どうした?」

「ううん、なんでも」


 屈託無く笑いかければ、ブルーもまた、人の良さそうな笑みを浮かべる。澄んだ青い瞳は、夜目にも輝いていた。


「ねえ」

「ん?」

「ブルーの瞳の色って、オードでは珍しくない? あっちではブルネットが主流、瞳の色だって茶系か灰色、もしくは緑色でしょう?」

「あー。おれもよくは知らないんだけどさ。母さんが、北の方の出身だったらしいよ」

「北? オードの北部って、そんなにブロンドが多かったっけ?」

「いや、違くて。オードじゃなくて、もっと北にある国出身だったらしい」

「らしい?」

「俺が物心ついた頃には、いなかったから。母さんがそう言ってたっていうのを、姉さんから聞いたことがあるってだけ」


 困るでなく、嫌そうにするでなく、会ったときと同じ微笑みを湛えた顔でそう答えたブルーに、リオは一瞬息を飲む。反射的に、母が亡くなったときを思い出す。


「ごめんなさい、私ったら。失礼だったわね」

「いいよ」


 しょげるリオの頭を、ブルーが優しく撫でた。その手のひらは大きく、しかし武人のものにしては柔らかすぎた。やはり、この青年は騎士団長なんかではないのかもしれない、と思う。


「ええっと。とりあえず、これからどうするかだな」


 すっかり静かになった森の中で、ブルーが呟くように言った。片手を腰にあてて、


「リオは? なにかプランとかあったのか?」

「プランってほどでもないけど……」


 どこまで本当のことを話すべきか逡巡したけれど、結局、嘘はつかないことにした。嘘をつくことで話がこれ以上複雑になったら、得られる情報が減ってしまうかもしれないと考えたからだ。

 リオ本人は、現在の状況をよく把握できていないこと。ただ、城が魔導士とゴーレムたちに襲われたこと。そして、父であるロクサンヌ公国王にオードへと言付けをもらったこと。それらをざっと説明すると、ブルーは明るく破顔した。


「そっか。じゃあ、ちょうどいいな」

「なにが?」

「おれは、ここにリオを迎えにきたんだ。まさかすでに城が襲われているとは思わなかったけど、まあ、リオに会えたから今はそれでよしとしよう」

「迎えにって? 私をどこへ連れて行くつもり?」

「オードだけど?」


 あっさりとブルーが言い切る。さも、それが自明の理だと言わんばかりだ。どうして迎えにきたのか、なぜオードへ連れて行くのかについては、まったく説明がされない。それに苛立ちを感じながら、リオは辛抱強く、


「なんで私がオードに行かなくちゃいけないの」

「だって、親父さんも言ってたんだろ? オードに行けって」

「お父様のことは関係ないの! 私が今聞きたいのは、どうしてブルーが私をオードに連れて行くつもりなのかってことで……もがっ」


 ブルーが慌てて、リオの口を塞いだが、遅かったらしい。苛立ちのせいで、知らず知らずのうちに声が高くなっていたリオに気づいたゴーレムが、なんの気配もなく木の陰から現れる。どうやら、さきほどの静けさは、人気のない静けさではなく、息を潜めているせいだったらしい。


 そんなことにも頭が回らないなんて、私のバカ!


 ポカポカと自分の頭を叩いてやりたい衝動に駆られたが、今はそれどころじゃない。ゴーレムは信号らしきものを空へ打ち上げ、その間にもなんらかの魔術によって連絡を取り合っていたらしい、他のゴーレムが数体、リオの元へとやってきた。


 ゴーレムには様々な種類があるが、今、目の前にいるのは探索型と呼ばれるものだ。機能は、その名の通り、探索。目標物を探し、見つけることには長けているが、攻撃力自体はそれほどない。探索型が数体現れたとしても、ここを切り抜けられる自信があった。ただし、ここで魔法を使ってしまうと、発動そのものが発信機のような役割を果たしてしまい、穏便に逃げ切ることが難しくなる。


 ああもう、あれこれ考えてたって仕方ない! やるしかないんだったら、やらないと!


炎の矢フラム・フレッシュ


 頭の中で、最小限の魔力で作れる炎をイメージする。本来は、頭上高くから放射線状にたくさんの数を投げるか、敵の真上から太い矢を落とすかのどちらかが使われる魔法だが、そのどちらもが威力はあるものの派手で、人目につきすぎる。リオは脳内で作られた矢を極限まで細くし、そして精度を上げるべく、目の前の探索型を睨みつける。

 果たして、探索型の胸の前あたりに、糸のように細い矢が現れる。それはまっすぐに探索型に向かって突き進み、まるで針が糸を従えて布を通るように、探索型の体を貫通した。ピンポイントで探索型の動きのもとになっている魔力の結晶を破壊した矢は、役目を終えたろうそくのように、か細い煙を上げるだけだ。

 ゆっくりと倒れた探索型を見て、ブルーは驚きはせず、でもどこか楽しそうに拍手をした。


「おお、さすが。だけどリオ、ここから先は、おれの役目だ。とりあえず、その木の上にでも登ってて」

「は? 登る? 隠れるじゃなくて?」

「上にいててくれた方が、おれも安心して戦える。なんなら、飛ばしてやろうか?」


 ボールを投げる仕草をしたブルーに、嫌な予感を覚える。飛ばすって、まさか、この私を投げ飛ばすつもりなんじゃ。


「いい! ひとりで登れる!!」


浮遊レビタシオン


 ふわりと浮いた体を操作して、ブルーの姿が見える高い木の、しっかりした枝を選んでそこに着地した。見上げたからといって姿が見えないように、葉っぱを揺らしてカモフラージュをし、枝に腰掛ける。ぶらぶらと揺れる脚が心もとなかったが、地面にいて、これからやってくる戦闘の巻き添えをくらうのはごめんだ。

 そうこうしているうちに、新たなゴーレムが三体、やってきた。一体はさっきと同じ探索型、あとの二つは捕縛型だ。捕縛型も、その名の通り、目標物を捕らえることに特化したゴーレムで、探索型よりかは強力な攻撃力を持ってはいるが、脅威ではない。どちらかといえば守備力が売りなため、硬い装甲を壊すのが面倒なだけだ。

 魔導士の姿は見えないことから、どうやら魔導士とゴーレムがペアになって探索を続けていたのではなく、ゴーレムを放って、自分たちは別のエリアを探索しているということなのだろう。 


 ラッキー。ゴーレムだけだったら、さくっと破壊しておしまいにすればいいじゃない。


 リオはブルーのつむじを見下ろしながら、なにをもたもたしているんだろうと焦らされる気持ちを抱える。

 探索型が、ついにブルーを捉えたらしかった。それと同時に、捕縛型の二体が動き出す。探索型よりも捕縛型の方が動きが格段に速い。あっという間にブルーを両側から挟み撃ちにした捕縛型は、長い両腕を伸ばして、ブルーの体を捕らえようとする。

 そこまで近づかれても、ブルーは微動だにしなかった。大剣の鞘はぶら下がったまま、柄に手をかけようともしない。その姿勢は自然体そのもので、彼の立ち姿だけ切り取れば、誰も今この瞬間、彼がゴーレムに襲われているだなんて考えもしないだろう。


 なにしてるの! と声をかけたかったが、そんなことをすれば折角、身を潜めていることが無駄になってしまう。リオは、さっきよりも数段、じりじりとする思いでブルーの動向を見守った。

 ゴーレムの指が、ブルーの肩につく。その瞬間だった。ふわりと、ちょうど散歩中に誰かに呼び止められて振り返るような、そんな旋回だった。少し肌寒くなってきた夜の空気の中、そこだけは春のうららかな陽光が射しているように、ブルーの体が柔らかく回って、次の瞬間には二対のゴーレムは膝を地につけ沈黙していた。


「え……?」


 ここで、すべての動きが見られるここで、今のブルーの一部始終を見ていたはずなのに、なにが起こったのか分からなかった。理解できなかった、というよりかは、見えなかったというべきか。

 カチン、と鈴のように涼やかな音を立てて大剣がしまわれたのを見る限り、ブルーはどうやら剣を抜いたらしい。しかし、リオの目には、ブルーが剣を振るう様はどこにも見られなかった。それに、倒れたゴーレムたちは、装甲には一つの傷もついていないように見える。なのに、沈黙し続けるゴーレムを説明するためには、彼らの魔力結晶が破壊されたのだと考えるしかない。


 昨今、ゴーレム研究が少しずつ進んで、ゴーレムにも人工知能とも呼ぶべき感情や思考を埋め込もうという動きがあるが、大半のゴーレムはまだ土人形の中に魔力の塊を埋め込んで、無理やり動かしているにすぎない。よって、探索型のようにシンプルな機能しか持たないゴーレムは、近くで捕縛型が不審な倒され方をしたからといって、危機感を持ったりはしないのだ。

 さきほどと同じ場所で突っ立ったままの探索型に、ブルーはゆっくりと歩み寄って行く。握手ができそうなほどの距離まで近づくと、これまたゆっくりと鞘から大剣を抜いた。

 それは不思議な光沢を帯びた剣だった。鋼ではないのかもしれない。虹のように、様々な色をその刀身に反射させる剣は、どこか夢のようでもあった。その剣を片手で、抜き身で持ちながら、ブルーは空いている方の手をゴーレムに触れた。


「おやすみ、な」


 まったくなんの殺気も感じさせない動きだった。するりと、大剣がゴーレムの体の中に沈み込んでいく。そしてブルーが剣を収めると、他の二体同様、探索型も静かに膝を地についた。


「リオ。おいで」


 ブルーが両手を差し出して、リオのいる木のふもとから声をかける。受け止めてやるから飛び降りろ、ということらしい。また浮遊レビタシオンで着地しようかと思ったが、何度も同じ魔法を使うと、魔力追跡が容易になってしまうかと考え直し、リオは枝の上に仁王立ちになった。


「絶対落とさないでね」

「うん」


 結構な高さから飛び降りるのだから、本当に受け止めてもらえなかったら困る。そう思って言ったのに、ブルーの返事はいつもながら緊迫感に欠ける。あんまり飛び降りるのを渋って、怖いのか? などとからかわれると癪だったので、リオは意を決して枝を蹴り、空中にその身を躍らせた。


「な? 大丈夫だったろ?」


 たいしたインパクトもなく、ふわふわのマットレスの上にダイブするみたいな感覚で、リオの体はブルーに受け止められていた。うん、と素直に頷けば、すぐに横抱きに抱え直される。ブルーの手が太ももの下を触っているのが非常に気になった。


「ちょっと。変態。どこ触ってるの」

「え? どこって?」

「太もも! ひとの太ももに触るなんて、どういう了見なの」

「だって、ここを支えておかないと、リオがずり落ちちゃうぞ? 今から走るし」

「は?」


 最後の一言を問いただそうとしたのに、リオの返答も待たずにブルーは宣言通り走り始めた。しかも、かなり速い。

 さっき自分で走っていたのとは比べものにならないスピードで、木々が横をすり抜けて行く。ブルーに直接触られているのは納得いかないが、その手がなければ振動でがくがくと揺れそうになるのは分かったので、リオはそれ以上なにも言わなかった。いや、言えなかったの方が正しい。


「首につかまってて?」


 これだけの速さで走っているのに、少しも息が乱れていないブルーが言う。言われた通り、ぎゅっと首に腕を絡ませてしがみつけば、上下の振動は大分おさまり、安定感も増す。


 あの剣。虹色に光る剣。ゴーレムの装甲を傷つけず、結晶だけを破壊したらしい剣。あの戦闘の仕方。速さ。手慣れさ。そして今の、超人的な身体能力。

 ちょっと怪しんでいたが、もしかしたら、この青年は、本当に本当にあの騎士団長なのかもしれない。


「ねえ!」


 舌を噛まないように気をつけながら、リオはブルーの耳朶に話しかける。言葉こそなかったものの、ブルーが聞いているのは分かった。


「あの剣、なんで装甲に傷をつけなかったの?」


 同じく、ブルーがリオの耳元に口を寄せて答える。


「俺の剣は、斬らない剣なんだ」


 折角聞いてみたのに、ブルーの答えはまったく意味不明で、リオはただ顔をしかめるばかりだった。


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