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夕闇は瞳の中に  作者: 卯ノ花実華子
Strength for myself: 人を守るための力が欲しい
3/6

出会い

 どれだけの間走り続けているのだろう。城から随分と離れて、そろそろ領地の端っこにある森へとさしかかってもおかしくない。この森は、オードの端っこにつながっているはず。地理は得意じゃないから、オードの首都からどれだけ離れているかは分からないけれど、とりあえず夜がこれ以上深まる前にオードに入ってしまえれば。

 そんなことを考えていたからだろうか。背後から伸びる手にまったく気がつかなかった。


「むがっ!」


 後方から急に現れた大きな手のひらに口元を覆われる。身体の動きを封じられ、まだ事態の把握ができていない両足がばたばたと空を走る。そうしてやっと、リオは己の身体が浮いていることに気付いた。口元を塞いだ手の持ち主が、もう片方で身体を持ち上げているようだ。


「むむ、んぐ!」


 声にならない声を上げて、口を開こうとする。この手のひらを噛みちぎれれば、ここから離れられるかもしれない。


「しっ」


 耳元で聞こえて来た声は、妙にフレンドリーだった。しかも、若そうだ。


「ちょっと、静かにしてて」


 声変わりはしているものの、大人と呼ぶには若い声。それはとても穏やかに、しかも優しくリオにそう言うと、手のひらを覆った手の力を緩めた。まるで、リオが逃げ出したり叫んだりしないと信じていると言わんばかりに。


「ここいらの筈だ、探せ!」


 押し殺した、でも怒気を孕んだ声がすぐそばでする。そう、ちょうどリオがいたところで。手のひらの少年がリオを獣道の外、木々の中に連れてこなければ、今頃はばっちり見つかっていたことだろう。捕まえられたとき、リオが早く走っていたとは思えない。疲れていたからだ。


「無傷で捕まえろ。いいな」


「リオ・スシールだけでいい。他はいらん。殺るなり食うなり、好きにしろ」


 物騒なことを言う魔導士に、ゴーレムが鈍い動きで興奮したそぶりをみせた。

 冗談じゃない。何で私が。何で私が標的なのに、城が襲われるの。みんなが危険にさらされるの。

 怒りで頭がくらくらする。自分の命を狙う輩には前にも会ったことがある。ロクサンヌ公国はそれなりに有名な国だし、何より両親が有名なのだ。オゥの魔導士として類希なる力を持つサフィールと、フゥの魔導士として魔導士協会の幹部になってくれと何度も懇願されていた母・リディアーナ。その二人から生まれたリオもまた、幼少の頃から高い魔法力を有し、それが理由に誘拐されかけたりした。その度に、裏ですべてを把握していたサフィールが、ぎりぎりまで泳がせておいた誘拐犯を、その仲間と共にひっ捕えてしまうのが常だった。

 ただ、それらはいつも彼女だけを狙うものだった。他の者には目もくれず、彼女の周りを傷つけてまで、彼女を捕まえようとする者はいなかった。だからこそ、サフィールも誘拐犯を泳がすなんてことをしたのかもしれない。変わり者ではあるが賢君としても有名な彼が、みすみす国民を危険にさらすことはない。


 私が狙いなら、私にだけ会いにくればいい。こんな、みんなをいたずらに傷つけるやり方。


 確認できたのは、ゴーレムが3体に、魔導士が2人。魔導士といえど、杖を持っているところからして、そこまでレベルの高い魔導士ではない。杖はいわば魔力増幅器のようなもので、それを所有するということはすなわち、魔導士自身の魔法レベルが高くないことを示すようなものだ。


 あれくらいなら、私ひとりで……。


 そんなリオの思考回路を読んだかのように、手のひらに込められる力が少し強くなった。窒息してしまうほどではないけれど、息はしにくくなったし、身体を支える方の手にも力が込められたせいで、両足は更に地面から離れている。

 結局、魔導士たちの足音が完全に去ってからも、リオは宙に浮かされたままだった。足音のみならず、彼らがいた空気の痕跡さえもが消え去ってようやっと、彼女を拘束していた手が緩む。

 あくまでも優しく、リオの身体を下ろしてから、


「大きな声は、なしな」


 諭すように言ってから、口元の手を外してくれた。


「あれくらいの魔導士だったら、私だけでも」


 父を傷つけたかもしれない、城のみんなを傷つけたかもしれない彼らをみすみす逃したことが悔しくて、リオは背後に立つ彼に食って掛かる。


 夜目にも目映いブロンドの髪を後ろでちょろんと束ね、そのすらりとした長身を上品なロイヤルブルーの上下に包む。吸い込まれそうに青い瞳は、人好きのするそれで、腰からぶらさげている大剣がなければ、農夫のような風貌だ。膝下までをカバーするブーツはきちんと手入れされている革で、大剣がぶら下がっているベルトもまた、年期の入った革でできている。


 良いひとそう。


 それが、彼を見たときのリオの第一印象だった。だからこそ、何故こんな容貌の彼が自分の身柄を一時的にでも拘束したのか、分からない。戸惑ってしまい二の句がつげなくなったリオに、まだ少年といっても過言ではない彼はすっと片手を出した。


「はじめまして。リオ、だよな?」

「は?」

「リオ、だろ? 噂は聞いてる。あと、見たことがある」 

「どんな噂。どこで見たの」

「えっと、ものすごいおてんばで、許嫁が見つからないとか。魔法がそこそこ使えるとか。最後に見たのは、ロクサンヌに招かれて、団員引き連れて来たときだから、えっと……。2ヶ月くらい前かなあ? あの時は、馬に乗っていたし、正装していたから、お前は覚えてないかもしれないなあ」

「お前?」


 次々と不躾なことを言われて、しかもまったく悪気がない彼の顔を見て、リオのイライラが頂点に達する。


「あなたね、一体どこのどいつなの。初対面でどうして私の名前プレ・ノムを呼び捨てにするの。私がおてんばだとかじゃじゃ馬だとか、許嫁が見つからないとか、放っておいて欲しいわ。それに、生憎だったわね。許嫁が見つからないんじゃなくて、こっちから願い下げだっただけよ。私にだって選ぶ権利くらいはあるんだからね」

「でも最近、婚約したろ?」 

「あれは! お父様が勝手に! 私は一度も頷いてない!」

「そうなのか?」

「そうなの!」

「そうかー。それは、残念だなあ」

「はあ?」

「それを聞いたら、悲しむと思うよ。あいつ」

「誰のこと?」

「カウイ」

「……は?」


 何故このタイミングでカウイの名前が出てくるのか。カウイ・ローレン。オード帝国第45代王位継承者、ありていに言えば、オードの第一王子である。


「カウイって。カウイ・ローレンのこと?」


 一応、確認を取ってみる。カウイはオードの王家にしか許されない名前であるため、一般人がその名を持つことはないと思われたが、オードの制度が緩くなったとか色々考えることはできる。


「そうだよ」


 あっさりと返ってきた答えに、リオはまたしても戸惑う羽目になった。

 なんなの、こいつ。なんでそんな王家に知り合いがいるのよ。しかもこいつ、カウイってまたしても名前プレ・ノムで呼んでた。


「リオ?」

「なによ」

「あ、やっぱりリオか!」


 考え事をしていたときに呼ばれたせいで、つい普段の通り返事をしてしまった。少年は破顔し、ほっと胸をなで下ろす。


「良かったー。いやあ、間違えてはいないと思ったんだけど、リオ以外の女の子だったら、ただの誘拐未遂みたいだからなあ」

「あなた、私が誰か確証もなしに捕まえたっていうの? 信じられない。一歩間違えれば、犯罪よ。しかも誘拐未遂じゃなくて、痴漢だわ」

「そうかあ、痴漢かあ。ますます危なかったなあ」

「だから、そうじゃなくて」

「あ、まだ自己紹介していなかったな」


 げんなりとうなだれるリオをよそに、少年は差し出したままの手を再度、リオの前にやると、


「おれ、ブルー。ブルー・ベーシング」


 夜であっても尚輝く蒼い瞳をリオに真っ直ぐと向けて微笑んだ。


「ブルー・ベーシング……?」


 その名前は、誰だろうと首を傾げるにはあまりにも有名だ。

 それこそは、隣国オード帝国においてしばしば生ける伝説として語られる名前だからだ。第57代目オード騎士団長にして最年少騎士団長、神剣・紅彩のエペ・デ・リリザシオンの持ち主。


「ブルーって。まさか、あの、ブルー?」

「えっと、どのブルーか、おれにはよくわからないんだけど、騎士団長のブルーだよ」

「やっぱり!」

「しー。声が大きい。静かに」

「わかってるわよ」

「というわけで、リオ。これから、よろしくな」


 静かに、と人差し指を口元に当てたその手を開いて、ブルーがリオに手を再々度、差し出した。握手を諦めてはいないらしい。

 生まれてこのかた、握手などしたことがないリオは、その突然の行為に面食らった。このブルーという青年は、どうやら本物の騎士団長ではあるようだが、だからと言って無条件に信用する気にはなれないし、身分の差があるのに握手をしてしまうのはためらわれた。

 ロクサンヌに何が起こっているか、これからスシール家がどうなっていくかはわからずとも、今のリオはまだ、スシールの家紋を背負っている。それに恥じない生き方がしたいと思った。

 

「あ、そっか。リオはお姫さまだったな」


 ブルーが会得がいったとばかりに歯を見せ、そして、一切のためらいを見せずに、その場に片膝をついた。腰にぶらさげた剣が、しゃらんと金属音を小さく響かせる。


「お手を」


 そう請われて、リオはおずおずと右手を差し出した。その手を、ブルーが片手で優しく取り、その甲にキスをする。騎士の伝統的な挨拶だ。


「おれの名前はブルー・ベーシング。リオ・スシールを守るためにやってきた騎士だ」


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