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06 マナスタチン関連魔力肥大


 今夜というのか、今朝というのか。

 その日は、不死農場の小屋に泊まらせてもらうことになった。

 小屋とはいっても、私が建てた家ぐらいの規模がある。

 というより、私が建てた家が小屋ほどのものであったのか。


「はいはい、野菜スープのできあがりっと」

「んー、おいしそうですねぇ」


 台所から、農場採れたて野菜を使ったスープが運ばれてきた。

 久しぶりのまともな食事の香りは、腹が鳴るほどにうまそうだ。

 死体が作っているという事実を除けば。

 どうやら死霊王アトリーは、すべての生活を楽して過ごすために、死霊術をの奥義を極めたようである。

 家事は清潔でなければならないということから、腐乱ではなく白骨死体が担当している。

 ピカピカに磨かれた白い骨は実に美しい。

 その太さや密度から、老人のものではないことがわかる。

 わかったところで嬉しくもなんともない。

 死体などなんら興味も湧かないし、抱きたくもない。

 私は断じて死体愛好家ではないのだから。


「それじゃあ、食べながら話を聞こうかな」


 アトリー女史はスープに千切ったパンを浸けながら、私たちを眺めた。

 その目は弓のようになり、状況を楽しんでいることがわかった。

 野菜の甘味が出たスープを飲みながら、何から話そうか整理する。


「まず、私の体質のことを聞いていただきたい」

「いいでしょう。聞かせてみ聞かせてみ」


 大まかに、魔力を使えば使うほど増えてしまうという話をした。

 彼女は弧を描いていた目を鋭く細め、視線に刃の鋭さを混ぜる。

 アトリー女史は、一度目をつぶってから深く息を吸った。

 それから吐き出すまで、食器の音だけが響いた。


「なるほど。マナスタチン異常か」

「マナスタチン……?」

「魔力が増え過ぎるのを抑制する機能。それがぶっ壊れてるってこと」

「ふむ。それが私の病名か。それは治せるものだろうか?」


 彼女はふるふると首を振った。目は鋭く、刃のままだ。


「わたしには無理。っていうか、わたしたちでも無理」

「……吸血鬼化のように、魔力保有の性能を上げるしかないと?」

「そうね。それでもほんの数年延命できるぐらいかも」


 白骨死体にエールとチーズを取りに行かせ、アトリー女史は椅子の背にもたれた。

 幾多もの知識を納めたその頭蓋と魂で言うのだから、おおよそ間違いないのだろう。

 根本的に、私の魔力が増えなくなるということはありえないようだ。

 控えめに言って、それが衝撃的でなかったと言えば嘘になる。

 崖から突き落とされた気分だった。

 運ばれてきたエールを一気に飲み、喉と言わず腹を焼くぐらいには。


「もっと味わって飲んでよ。おいしいエールなんだから」

「……すまない。思いのほか動揺した」


 ふと肩に感触があった。顔を向けると、白骨死体が手を置いていた。

 彼――ないし彼女は、カチカチと顎骨を動かして歯を何度も鳴らした。


「ああ、ありがとう」


 もちろん、何を言っているか全然わからない。

 多分、良いことを言っていたのだろう。

 白骨死体は、ぽんぽんと私の肩を叩いて、エールをもう一杯注いでくれた。

 舐めるように飲むと、たしかに飲みやすい良いエールだった。


「落ち着いたか、色男」

「ええ、まあ。正直、落ち着いたというか落ち込んだというか」

「ファテナから聞いたら、『北風』で吹雪起こしたんだって? それなら残りの寿命は二年あるかどうかってところだろうね」

「覚悟はしてたけれど、数字にされると怖いものだ」

「でも知りたかったでしょ」

「それはもちろん」


 二年。それが魔力に耐えきれなくなる時間だ。

 魔力を過剰消費すれば、寿命はさらに縮まっていく。

 このままなにもせず、埃のように隅に溜まって生きて、たったそれだけ。

 ぎちぎちと体の中の魔力が疼いた。


「吸血鬼になれば、どれぐらい伸びると予想される?」

「んー……一年だろうね。死霊王になっても対して変わんないね。っていうか、わたしみたいに受肉してないと、不便すぎて生きてるとは言えないけど」


 吸血鬼になって伸ばして三年。

 それだけの時間を、教会から逃げ回って暮らすのも馬鹿らしい話だ。

 せめて、あと二十年。

 私が子を成し育てて、一人前にして送り出す時間が欲しい。

 いまから作ったとしても、二歳で生き別れるのでは、とてもできない。


「画期的に寿命を伸ばす方法なんて……」

「あるよ」

「やはり、ありま……ある!?」

「あるけどオススメはできないんだなぁ」


 彼女は指を三本ぴっと出すと、その内の一本を折り曲げた。


「まず一つ。永遠に魔力を吸収してくれる道具を、ダンジョンから発掘する」

「それは……一種の呪いの装飾具か」


 自分に魔法の効果を与えるものを魔法具とすれば、その逆の効力をもたらすものを、呪具とでも呼ぼうか。

 私にとってはそっちのほうが必要なのだが、おいそれとはいかない。

 ましてや、他人に入手を頼むこともできない。


「そうね。そういうのは基本、教会に持ち込んで浄化か封印しちゃうから、自分で手に入れるしかないわけよ」

「しかも、私の場合、どれだけ効くかわからないと」

「そうそう。確実性が低すぎておすすめできないってことね」


 教会へ奉納という形を取れば、いくらかの貢献になる。

 わざわざ私の元へ貴重品を納めてくれるというわけはない。


「二つ目。これも無理だけど、大精霊の加護を得る」

「まず、そんなものが存在することすら知らなかった」

「でしょうねぇ。わたしも見たことないし」


 けらけらと笑いながら言う彼女は、実に他人事だ。

 実際、他人事なのだから仕方がない。

 私が生きようと死のうと彼女にはまったく関係のない話である。


「んで、三つ目。これもまあ無理かな。竜の血を手に入れる」

「つまり、竜は実在すると」

「するねぇ。でも実力の方は伝承の遙か上かな」

「アトリー女史は、目で見たことが?」

「一度だけ。ありゃダメだね。魂魄ごと消滅させられるかと思った」


 三案を考えてみる。

 前の二案は即座に却下だ。

 ダンジョンは荒れ地に落とした砂金を拾うに等しい。

 大精霊の方は手がかりすらないのだから、これも考慮にしがたい。

 となれば、検討しうるのは竜の血だけだ。

 これも眉唾というよりは、あるいは自殺そのものかもしれない。

 だが二年だ。それを考えれば、十分に可能性はある。


「竜の巣というものは、ここから遠いだろうか」

「……本気?」

「私の寿命に賭けて」

「あっはっは! そりゃあ本気だ。本気だねぇ。いいよ、教えてあげる」


 ギラリと目を輝かせて、ただし、と彼女は条件をつけた。


「半年。それだけアンタの時間を貰おう」


 それは、私の寿命の四分の一だ。

 なにをどうするかわからないが、竜というものへ対抗するために最低限必要な時間であるということはわかる。


「……よろしい。アトリー死霊王、あなたに賭けようではないか」

「ああ。覚悟しときな。アンタを一流の魔法使いにしてやろうじゃないか」


 魔力だけあっても、竜へは対抗できまい。

 それを考えれば半年、死霊王に魔法の奥義を叩き込まれるのは、ありがたいはなしだった。

 考えればわずか半年である。

 たったそれだけの時間で、死霊王が魂ごと消し飛ばされそうになった相手へ挑まなければならない。

 そう考えれば短すぎるとも言える。


「ならば私は、三ヶ月で習得してみせよう」


 だがその時間すら惜しいというのが実情だ。


「……言ってくれる。寝る間もないと思いな」

「元より、魔力の苦痛で眠れはしない」


 ハッ、と私と彼女は笑いあった。

 やけに静かだと思えば、クラメル女史か顔からスープに突っ込んで寝ていた。

 白骨死体が起こすまで、彼女は皿いっぱいのスープにおぼれていた。




 

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