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02 吸血鬼の彼女

「そんなはずは……吸血鬼でもありえない魔力量ですよ!」


 その発言には、心臓が飛び跳ねた。

 吸血鬼は、圧縮に圧縮を重ねて隠している魔力量さえ見破るらしい。

 彼女は容姿と魔力量で、私をヴァンパイアだと判断したらしかった。


「ただの病気だよ。こんな魔力など欲しくはなかった」


 生物は分不相応の魔力を持たないために、増加に歯止めをかける機能を持っている。

 時々、それが壊れた生物が生まれてくることがある。

 その中でも一握り、使えば使うほど魔力が増えていく存在がいる。

 さらに一握り、魔力増加に際限がない突然変異が。

 それが私という存在だ。

 過剰魔力は体を蝕み、生物を破綻させる。

 いまでは、月の影響で魔力が活性化する夜に寝た記憶がない。

 そのせいで部屋中は、ピカピカに磨かれている。

 

「そ、それじゃあ」

「ああ。むしろ、本物が存在することに驚いている」

「ううっ、自分から正体を明かしちゃいましたぁ!」


 吸血鬼は人類の敵だ。

 だからこそ、彼女たちは人の生活に紛れているのだろう。

 まさか生きているあいだに、出会うとは夢にも思わなかった。

 物語の書き手としては、なかなかありがたい経験だ。

 手形と名前の一つぐらいは、本に残してもらうべきか。


「お、お願いします。教会には言わないでください!」


 その存在が露見すれば、教会が制圧部隊を送り込んでこよう。

 しっぽも萎れて涙目で頼まれれば、傍から見れば私が悪く見える。

 まかりまちがっても、彼女のような娘をいじめる趣味はない。


「あなたが人の血を吸ったことは?」

「ないです! 普段は……その、絞めた鳥の血とかをもらって……」


 かあっと彼女の顔が赤く染まった。

 それはきっと、吸血鬼としては恥なのだろう。

 図らずも、彼女が哀れに思えてきた。

 私は正義の使者というわけではないが、トカゲもいじめたことがない。

 ましてや年頃の娘である。無下にできるわけもなかった。


「わかった。教会には言わないでおこう」

「あ、ありがとうございます! ヴァンパイアさんはいいヴァンパイアです!」

「……人間だと言っているだろうに」

「そ、そうでした!」


 吸血鬼が有害かはともかく、彼女は無害そうだった。

 こうなれば聞いておきたいこともある。

 本物の吸血鬼なんて、めったに出会えるものではない。

 頭に浮かぶものは山ほどあるが、最優先するものがあった。


「いくつか質問してもいいだろうか」

「は、はい。あたしに答えられることなら……」

「魔力の許容量を増やせる方法を知っていたら教えて欲しい」


 私の体は、かなり限界が来ていた。

 すべての存在には魔力許容量というものがあり、人の限界はそれほど多くない。

 体に魔力があることが苦しくなり、使って楽になれば翌日には増えている。

 この繰り返しで、魔力は増えに増えてしまっている。

 あと数年この生活をしていれば、耐えきれず死んでしまうだろう。

 私にとって、彼女が最後の頼みの綱かもしれないのだから。


「……ありますけれど、おすすめできませんよ」


 目を見開いた。まさか、ほんとうにあるとは。

 彼女が噂を嗅ぎつけて来てくれたことこそ、私の幸運だった。

 やっと掴んだ蜘蛛の糸だ。

 その綱を引っ張らぬわけにはいかない。


「頼む。言ってくれ」


 縋るように言うと、彼女はわずかに躊躇してから答える。


「吸血鬼になれば、その許容量は遥かに増えます」


 ヴァンパイアと呼ばれた私が、吸血鬼になる。

 たいした冗談だった。


「できるのか?」

「できますけれど……元の生活には、もう二度ともどれませんよ」


 彼女の目から、酒の色は消え去っていた。

 何年も、あるいは何十年も、吸血鬼としての生活をしてきたからか。

 古い巨木のような、言いようもない年月の重みを感じさせた。

 楽しい生活というわけではないのだろう。

 教会には追われるし、鳥の血を啜るような日々が続く。

 そう言われれば二の足を踏まずにはいられない。

 どちらも一年後、生きているかどうかもわからない生活だろう。

 ただし吸血鬼にならなければ、確実にその先は滅びだ。


「……他に手段はあるだろうか」


 尋ねると、彼女は首を振った。

 二つも見つかるほど、都合良くはなかった。

 それはそうだろう。

 かんたんにリスクのない方法が見つかるなら、私はすでにやっている。


「あたしにできるのはそれぐらいです。あるのかもしれないですけど……」

「そうか。……ありがとう。まだ考えさせてくれるだろうか?」

「はい。なるべくなら、やらないほうがいいとは思いますけど」


 吸血鬼が居るのだとしたら、他に手段はいくらでもあるとも思える。

 しかし手段は確実に存在するというのはありがたい話だ。

 人間を捨て去れば、という条件をクリアすれば、生きながらえる。

 教えてくれてほんとうにありがたいのだが、彼女は申し訳なさそうに表情を曇らせている。

 どうも気を使いすぎるようだ。


「それでは別の話になるが、世の中にはまだ君のような種族は多いのだろうか?」

「え、ぅ、んー……他に人に言ったりしませんか?」


 戸惑いながら、彼女は私を見上げた。

 その言葉だけで、答えを口にしてるようなものだろう。

 世の中には、まだまだ特殊生物が存在しているらしい。


「もちろん、他言はしないと約束するとも」

「んー……わかりました。ほんとうにないしょですよ?」

「わかってる。内証だ」


 そう言うと、彼女はワインで口をなめらかにした。

 つるりつるりと上がる種族名は、私のこころを躍らせる。

 その数だけ希望と寿命が伸びる思いだ。

 あたまの羊皮紙へガリガリ筆を走らせる。

 空いたゴブレットにワインを注いで、彼女の口の燃料とする。


「お礼というわけではないが、残してもしょうがない」

「ふぁい、いただきます。んぐ、んぐ、ぷはぁ……」


 彼女は並々と注がれたワインを一息に飲み干した。

 弱かったはずなのだが、酔いに溺れて量を見誤ったか?

 悪いことをしたと思った途端、空の杯がテーブルに転がる。

 案の定、彼女の瞳は、また蕩けるように潤みを持っていた。


「……んぅ」


 すると、そのままばったりテーブルにうつ伏せになってしまった。

 聞き耳を立てると、すうすうと安らかな寝息が聞こえる。

 額を打ち付けただろうに、痛がりもせず眠ってしまったようだ。

 さて、どうしたらいいものか。

 とりあえず私もワインを飲んだ。

 腹の底から温まってきて、わずかに魔力痛が和らぐ。

 私も、酒が強い方ではない。

 昨夜も寝ていないから、だんだん睡魔が襲ってきた。


「……布をかけておけばいいか」


 掛布を一枚持ってきて、彼女にかぶせてやった。

 私はローブを一枚取り出すと、それを掛け布代わりにベッドに横になった。

 昼は私の睡眠時間だ。邪魔される謂れはない。

 そう言えば彼女の名前も知らなかったと思いながら、闇に飲まれる。


 私が目覚める前に、彼女は密かに動き出した。


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