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01 ヴァンパイアの私

「ヴァンパイアさん、お客さんですよ」


 ヴァンパイアさんというのは、私に他ならない。

 若くして色失せた白い髪と、不健康に青褪めた肌の色。

 寝不足からくる赤い目に、どんより濃い隈がまた病的だ。

 そんな男が太れるわけもなく、体は痩せ細っている。

 総じて、人々の思い描く吸血鬼像を当てはめた容姿をしていた。


「はい。どなたでしょう」


 呼ばれて家のドアを開ける。

 そこには小麦色をした肌の少女が立っていた。

 やわらかに目尻の下がる大きな瞳と、赤茶けた髪が印象的だ。

 さぞかし十分な栄養を取って育っているに違いない。

 私とは正反対に、あたまのてっぺんからしっぽの先まで、健康的な体をしている。

 ……しっぽ?

 はて、と考える。

 しっぽの生えた知り合いなど、そこいらのトカゲぐらいだ。

 しかし彼女は目を輝かせ、私のことをじろじろ見ているではないか。


「す、すごい。ほんとうにヴァンパイアですっ」


 ぴこぴこ、犬のようにしっぽが振れる。

 奇抜極まる装飾ではなく、体にくっついているらしい。

 スカートの裾が持ち上がらないとなると、すっぽり穴が開いているようだ。


「まず、私と君は初対面だろうか?」

「あ、はい。そうです。はじめまして!」

「……はじめまして」


 勢いよく差し出された手を、思わず握ってしまう。

 ぶんぶんと大げさに手を振る彼女が、太陽のように笑った。

 いつから私は観光地の名物になったのか。

 辺鄙な村まで来て、顔色の悪い男を見る旅行など、得体がしれぬ。


「あたしもヴァンパイアなんです。こんなところでお仲間が見つかるとは思いませんでした!」


 かと思えば、彼女はそんなことを言う。

 はて、こんな健康的な娘が、不健康(ヴァンパイア)なものだろうか。

 外見は至って正常で、夜もぐっすり眠れているだろう。

 隈どころか染み一つない顔は、極めて整っている。

 とすれば、見えないところが病的なのに違いない。

 私のように、最初から不健康そのものだとわかれば無茶は言われない。

 一見、健康そのものだから体力仕事などもさせられていたのだろう。

 そう思えば、同情も湧いてくるではないか。


「まあ、上がりなさい。立って話すこともないでしょう」

「はい。わあ、他のヴァンパイアさんのお城にお邪魔するなんて、はじめてですよ」


 さすがに、その物言いは大げさではあるまいか。

 家を構えれば一国一城の主というが、そんな立派なものではない。

 たしかに私の建てた家である。ただし、小さな一軒家だ。


「城というほどのものではないよ」

「そんな、隅々まで行き届いているじゃないですか」


 この体質だと、埃や塵はどうしても気になってしまう。

 夜はどうしても眠れないから、家事を片付けることになる。

 そんな些細なものだが、そう言われれば嬉しいではないか。

 見ず知らずとはいえ、ひさしぶりの来客だ。

 もてなさなければなるまい。


「そうかい。ああ、座っていてくれ。飲み物はワインでいいかな?」

「ありがとうございます。いやー、すごいなぁ」


 とっておきのゴブレットを使ってみよう。

 赤ワインを壺に開けて、水で薄めてはちみつを垂らす。

 彼女はきょろきょろと見回して「すごいなぁ」を連呼していた。

 お世辞かと思ったが、ぴこぴこしっぽが動いている。

 あれでは犬そのもののではないか。嘘もつけまい。

 はて、そんなにすごいものなど我が家にあっただろうか。

 ああ、本棚のことだと行き当たる。

 まだまだ本は高価なもので、それを収める棚など普通の家庭にはない。

 これだけ不健康な人間では、畑も耕せない。

 かといって糸を紡いだり布を繕えば、女仕事を奪ってしまう。

 よって私は本を書くことを趣味と仕事にしていた。


「はちみつを入れたワインだが、口に合うかな」

「いただきます。……んー、おいしいです」


 彼女はゴブレットを両手で持って、ちびちびと舐めた。

 果たして犬なのか猫なのか、わかったものではない。

 さすがに昼間からどっぷり酒に浸かるわけにはいかぬ。

 口を湿らす程度に押さえた。


「それでは、話を聞こうか」

「はい。実は、ヴァンパイアさんにお願いがあるんです」


 彼女は緊張した様子で前のめりになった。

 一体、どこから私の噂を聞きつけたものか。

 できるかどうかは別として、わざわざ訪ねてきたのなら、願いの一つも聞いてやりたい。


「願いとは?」

「あたしを一人前のヴァンパイアにしてほしいんです!」


 空の杯がテーブルに置かれる。

 不健康などは、半人前というより欠陥だ。

 一人前というのなら、私よりも遥かに彼女のほうが一人前だ。

 すくなくとも、見た目においてはまったくもって。


「……ヴァンパイアになりたいとは、どういうことだろうか」

「見てのとおり、あたし、全然ヴァンパイアらしくないじゃないですか。昼間に歩いたらすぐ日に焼けちゃうし、髪もこんな色で、威厳もまったくなくて」


 そう言って彼女は、自分の言葉に傷ついて肩を落とした。

 空になったゴブレットにワインを注いでやる。

 猫科の動物みたいに、ちびちび舐めていく。

 もともと目尻の下がっていた目がとろりと潤んだ。

 どうも酒は強くないらしい。


「だから、すっごいヴァンパイアらしいヴァンパイアが居るって聞いて、その人に弟子入りしようって来たんです!」


 ……はて。

 まさかとは思うが、彼女は私を本物の吸血鬼(ヴァンパイア)だと勘違いしているのではないだろうか。

 もちろんだが、私は吸血鬼などではない。

 日陰者とは呼ばれても、お天道さまに顔向けできることをして生きている。

 夜に眠れない分、昼は大半を寝て過ごすし、活動時間が昼夜逆転しているだけのダメ人間である。

 かといって、人の血が吸いたくなるわけもない。

 不健康だがそれなりにまっとうな人間だ。


「悪いが、それはできない相談だ」

「ええっ、そんなぁ。あたしにできることなら、なんでもしますから!」

「そう言われても困る。君を一人前にするのは無理だ」

「な、なにが。あたしのなにがダメだって言うんですか!?」


 彼女は私に詰め寄って、涙目になりながら抗議した。

 やや呂律の回っていない、舌っ足らずな口調は酒のせいか。

 それとも、彼女が感情的になっているせいか。

 きっと両方なのだろう。

 こう口にするのは悪い気もするが、言うより他はない。


「君が悪いわけではない。しかし一人前のヴァンパイアにすることはできない」

「うう……せ、せめてどうしてか教えて下さい!」


 彼女の背から見えるしっぽが、猛抗議するように逆立っていた。

 せっかく、こんな辺鄙な村まで来てもらったが、どうしようもない。

 噂を積極的に否定しなかったのもよくなかったのだろう。

 いま悔いても仕方がないが、はっきりと彼女に告げた。


「なぜなら私は吸血鬼などではない。ただの人間だ」

「ええっ、そんなぁ!?」


 まるで飛び上がらんばかりに立ち上がって、彼女のしっぽがピーンと張った。

 やはり彼女は、私を本物のヴァンパイアと勘違いしていた。

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