勧誘
由比が珍しく2-D組(増岡のクラス)にやってきた。
よぉ、片手を挙げて軽く挨拶をする。
「あのさ」
「うん?」
「どっちからいくの」
由比はいつも説明もなしに話を始める。
「なんだ、突然」
増岡の返答に由比は眉間にしわを寄せた。
(そんな変な顔せんでも)
「孝と恵。勧誘」
ああ、いってたっけ、そんなこと。
増岡はパンを一口かじり、考えた。
(どっちから、っていわれても。顔覚えてないし。ここはテキトーに答えるか)
「孝、でいいよ」
「ん。じゃあ、昼食たべたら、行こう」
(加藤由比、今日も積極的にしゃべる、行動する)
昨日から感じていることだ。
由比は自分に出会ってからというもの、明るくなったような気がする。
ふと、先生のいった言葉を思い出す。
「ひかりになってあげて、ね?」
(なれてるのか、光)
そう考えると、やけに恥ずかしい。
自分は由比に必要な存在になれてるのか。
「食べろよ」
「…はい」
昼食をすませた増岡と由比(正確に言うと食べていたのは増岡だけだが)は孝探しを決行した。
「孝って何組なんだろ」
「…さぁ。聞いてみればいいよ」
何だ、その言い方。
聞けと?
数秒間増岡は加藤を睨み続けていたがその視線に気づいた加藤がにらみ返してきたので目線を加藤からはずした。(ええ、こわかったですよ。悪いですか)
しかたない、加藤の言うとおり、聞いてみるか。
とりあえず近くにいた少年(同い年だけど)に問いかけてみた。
「長谷川孝って何組か知ってる?」
「長谷川?長谷川ならー…確か2年A組じゃない?」
適当に選んだ人間だったが、知っててよかった。
「ありがとう、見知らぬ人」
加藤は言わなくてもいい単語を発した。
見知らぬ人はいらんだろ。
まぁ、そんなことはさておき。
とりあえず俺たちは2年A組へと向かった。
2年A組についた。
どうやって探す?と加藤に問いかける。
「俺は、顔知ってるからわかるよ」
加藤は増岡の学ランのすそを引っ張った。
ああ、そのままはいれと。
異様だよな。
こんな二人が普通にはいっていくと。
少し恥ずかしかったが、加藤が落ち着くのならまあいいか。
「失礼しまぁす」
教室の扉を開けると、一瞬にして周りが静かになった。
(…エ、何?)
ほんの少しの沈黙が続いたが、そんな沈黙はすぐに消えた。
一人の少年が叫ぶ。
「ま、増岡が女連れてる…!」
(ああ、伊藤じゃないか。1年生のとき一緒のクラスだった。
ン、待て。
女連れてる?)
ちらりと横を見た。
そこには顔だけが美少女、な大変中途半端な女がいた。
「ち、ちがーうっ!こいつはぁ…」
「うそーっ!増岡君、彼女できたのーぉ?!」
ショックーとかいう女子の声が聞こえた。
あ、ありがとう、なんていってる場合じゃない。
「違うってば。こいつはだね、おんなじ部活の子で…」
「増岡の裏切りものーぉ!!!!!」
周りがぎゃーぎゃーと騒いでるのに目もくれず。
由比はすっと、とある男子を指差した。
「孝」
人を指差しちゃいけません。
「ああ、あれ?」
「いこ」
加藤はぐいぐいと増岡の学ランの裾をひっぱっている。
増岡ははぁ、とため息をついて、短くおぅ、とだけ答えた。
「長谷川孝君、だよね?」
ちょっと署まで来てもらおうか、みたいな感じで聞いてみた。
別にふざけていってるわけじゃない。ほんとにそんな感じで聞いたんだ。
その声に反応して、孝が軽く上を向いた。
「「こんにちわ」」
そのときの孝の反応は大変おかしかった。
目を大きく見開き、頬を軽く赤くし、増岡と加藤をじっと見つめていた。
(え、何その反応)
孝はすぐに下を向いて、小さい声でつぶやいた。
「…何」
(ああー。やばいぞ。交渉不成立かも)
ほんのすこし沈黙が続いたと思ったら、加藤が孝の顔をはさんで上に向かせていた。
そして一言。
「人と話すときは目ぇ見て話せ」
(お前が言えることかよ)
「なな、な、んっだよ!」
顔を真っ赤にしてまた孝はうつむいた。
「俺たちとバンド組も」
直球。
とまどいとかほんと、こいつはないの。
孝はまた目を丸くして加藤を見つめていた。
「な、」
「組もう」
「なんでだよっ」
「やりたいから」
(やっぱ、やなのかな)
半場あきらめた。
どうせこのまま聞き続けてもおんなじ答えが返ってくると思ったから。
(由比もあきらめればいいのに)
じっと加藤と孝の言い合いを見つめた。
だが、加藤はあきらめる様子が一切感じられなかった。
(…意地でも入れる気だ)
加藤は孝の手をとってぐっと握った。
「なっ、」
「組もう」
加藤はじっと孝を見つめていた。
すると、孝は加藤の手を振り払った。
「し、しつこいんだよ!なんだよ、そんなの入ったって、なんか変わるわけ?!救われるわけ?!」
孝は言い終わってから口をつぐんだ。
しまった、そう言いたげな顔だった。
増岡は孝の発した言葉が気になった。
(救われる、って?)
何かを抱え込んでるのだろうか。
救われたいのだろうか。
「もしかしたら」
加藤が口を開いた。
「もしかしたら。なんか変わるかもしれない。もしかしたら、救われるかもしんない。そう思って、俺も今こうやってバンドやろうとしてるんだ。だから、孝もやってみようよ。なんも、何も自然に変わらなかったら」
加藤がもう一度孝の手を握った。
「俺が、無理やりにでも変えて見せるよ。無理やりにでも、救ってみせるよ」
加藤は本気だった。
(俺、なんか変えるとか考えてなかったんだけど。もしかしたら、)
『君が、光になってあげてね?』
(もしかしたら,光に変われるかもしれない)
最初は軽はずみで始まった、俺の口が滑って始まったことだけど。
(すごいことになりそうだ)
「…」
孝はまた、顔をしたにむけた。
だが、次はつぶやかず、大きな声で
「組むよ」
と発した。
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