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母親

「入部届け、って親の判とかいるんだよな?」


ふと気づいたことを加藤に聞いてみる。

加藤は目を大きく見開き「そうだよ」と答えた。

それを聞いた孝は

「だ、よなあ…」

「?何」

「…別に」


入部やらなにやら、すべてにおいて親の同意が必要なのはわかっている。

同意してくれなければ何も出来ないような世間である。


(同意なんてしてくれるわけない)

はあ、とひとつため息を吐いた。






家に着くと母親がテーブルに座っていた。


「…あら、お帰り」

まるで帰ってくるのが分かっていたようなタイミングだった。

そんな母親の行動に少し吐き気がする。


「ただいま」


母親の香水のにおいがつんと鼻につく。

気持ちが悪い。

血のつながっている母親なのに本気でそう思ってしまった。


「プリントとかないの?出しなさい」


こういうところは母親らしい。

鞄を探ってプリント類を差し出す。

母親はそれを受け取るとパラパラと読み流した。


「…なに、これ?」

母親の手が一枚のプリントによって止められた。

入部届けだった。


「それ、は」


一瞬、誤魔化そうとした。

都合が悪くなったときに出る自分の癖だ。

正直に言わないといけないことなのに。

だが、『部活に入りたいんだ』

こんなことを言ったら、きっとまた罵られるだろう。

でも、もう加藤たちと約束してしまったことだ。


いつまでも黙ったままではいられない。


「部活に、入りたいんだ」


ぐ、と拳を握り締める。

何を言われるのか、覚悟した。



「…何を、言っているの」


ほら、やっぱり。


「貴方までそうやって私の言うことを聞かない気なの?」


「あの人と一緒だわ」


「頭しかいいところがないのに。そんなことやってる余裕あるのかしら?」


「部活なんてしたっていいことないでしょう」


うわごとのように吐き続ける母親の目をずっと見つめた。

もうなれた。

同じことの繰り返しで。

今はもう殴られることはなくなったが、延々と罵られ続ける。


(うるさい)


自然と、母親を睨みつけていた。


「…なんなの、その顔」


はっとした。

こんな行動、母親を怒らせるだけなのに。

母親の目から視線をそらす。

(久しぶりに怒らせた)


「ふざけないでちょうだい…。中学に入ってから少しはおとなしくなったと思ったのに」


母親の右手が強く頬をたたいた。

その衝動で床に倒れこんでしまう。


(…久しぶりに、やられるかも)


腹の部分に強く蹴りが入る。

「ぅぐっ…」


上品そうな母からは考えられない蹴り。


情けない。

自分より背が低い、女性に蹴りを入れられ抵抗もしない。

(いまなら抵抗できるはずなのに)


母はまだ蹴りをやめてはくれない。

足、背中、また腹。

次々と蹴りがくわえられていく。


(昨日今日といい日だったから)


痛さからではない、涙がこぼれた。


(いい日なんて毎日続かないんだ)


わかってた。

わかってたわかってたわかってた。

父親のときもそうだったのに。


あのとき、毎日幸福だったのに。

父親がいて、自分と毎日のように遊んでくれる毎日。


それが突然ぽつりと切れて。

わかったのに。


幸福は続くものではない。

毎日続く幸福なんてない。



母親の足が目の前にあった。


ぎゅ、と目をつぶった。



どさり、と物が落ちた音がした。


通学用の鞄だった。


母親の動きが止まる。


音がしたほうに顔を向ける。


「…あのー。ピンポン押しても来ないのに鍵開いてたから」



そこにたっていたのは、加藤由比だった。

こんな状態の母親と俺の姿を見ても見事に無表情だった。


「あー、えー、うん、っと」

加藤が何かを説明しようと手を動かしている。

母親は驚きすぎて声もでないみたいだ。

俺はというと腹を蹴られて動けない。


ふと、加藤と目が合った。

ばっと目をそらす。


その瞬間、体がふっと立ち上がった。


「…え、」

加藤が俺を背負っていた。

「え、ええええ?」


俺と加藤の身長差はかなりある。

だからそれなりに体重差もあるだろうに、こいつは俺のことを軽々と持ち上げた。

「あの、お取り込み中のところ悪いのですが、こいつ引き取らせていただきます」


母親に向かってそう言い放った。


「え、え、なに」

「走るよ?捕まってて」


俺を背負った加藤は玄関のドアまで猛ダッシュしやがった。


ドアは元から開かれていたらしく、すんなり家から脱出できた。


(ドンだけ体力あんの、こいつ)

体重差も身長差もある自分を背負って走れる加藤が本当にすごいとおもった。





「よいしょ、っと」

加藤は孝をとある家の前でおろした。


「お、まえどんだけすごいんだよ」

「ナニが?」

「よく、俺のこと背負って走れたな」

「ああ、軽かったし」


『軽かった』

そんなわけがない。

常識はずれの体力だ。


ふと、加藤の足に目が行く。

「え」

驚くことに、加藤はニーソックスのまま走っていたのだ。

「おま、靴は」

「ああ。ここ」

そういいながら目の前にある家を指差す。

表札には「加藤」と記されていた。


「…お前の家?」

「そ」

加藤が鍵を開ける。


「入って」

ぐいっと孝の腕をひっぱる。


「な、なに?」

「手当て、しないと」


とんとん、と自分の頬をたたき表現する加藤。

そしてぱたぱたと走って他の部屋に入っていった。


(…おどろいた)


まだ心臓がなっているのが分かる。

その下をさわり、先ほど蹴りを食らった腹をなでる。

鈍い痛みがじわりと襲ってきた。


(まさか、加藤が来るとは)


さっきの光景がフラッシュバックする。

といっても加藤の登場してきた場面だけだ。

すごかった。


只それだけしか言えない。


(うれしかった、な)


「孝」


びくっと体が震えた。

「学ラン脱いで」

といいつつ加藤はボタンを外していた。

矛盾してる。


学ランのボタンを外されたあと、Yシャツのボタンも外される。

「ちょ、おまえ…」

「何」


なんのためらいもなく外すものだからもうどうでもよくなった。


「どうやって治療すればいいんだろ。お腹」

「…湿布はりゃいんじゃね」

「ああ、そうか」


そういって救急箱から湿布を取り出し孝の腹に貼る。


「…さんきゅ」

「いーえ」


学ランを着なおし、とりあえず一息つく。


「…この家、誰もいねーの?」

「俺とお前がいるだろ」

「俺ら以外に、だよ」


ああ、と手をぽんとたたいて漫画みたいな表現をする。

天然なのか、なんなのか。


「いないよ?」

「親は?」

「親二人海外で仕事してるの。いつもはお手伝いさんが来てるんだけどまだ来てない」


お手伝いさん。

そんなのを雇ってる人初めてみた。

テレビや小説などでよく見るけど、実際見たことない。

「…す、ごいな」

「俺料理も掃除も出来ないから」


ああ、なんかそんな感じ。

と言おうとしたが怒られそうだったからやめた。


「あのさ、」

孝がぼーっと家の中を見ていたら突然加藤が口を出した。

「話てくんない?さっきの」


急に加藤の顔が真剣になる。


ああ、やっぱり、はなさないとだめか


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