IV 混乱
ピー!ピー!ピー!
ポケットに入れていた携帯電話の発する大きな音に驚き、焦ってポケットに手を入れて携帯電話を取り出す。
「緊急速報…?」
緊急速報、それは大きな地震が発生したあとの津波の注意報を知らせる際等に配信される通知だ。
しかしなぜ今急にこんなものがきたのかわからず、藤原祐二と同じクラスの男子生徒、大友幸也は非常に困惑していた。今幸也が立っているデパートでは、そのような脅威のありそうな地震など感じなかった。辺りを見回すと、幸也と同じように困惑した表情で携帯電話の画面を見つめる客が多くいた。
「お兄ちゃん…?」
幸也の妹、優花も、同じように困惑した表情で携帯電話を握ったまま幸也の顔を見る。
「なんなんだろうな。地震なんてなかったよな。」
幸也は携帯電話の画面上に指を走らせ、先ほど配信された緊急速報の詳細を確認する。そこには一度読んだだけでは理解できないような、突飛な文章が綴られていた。
――2014年 10月 9日 10:20
市谷町 4番地-4 日野ビルの地下より、非常に強力な有毒ガスが発生致しました。
周辺地域にお住まいの皆様は、最寄りの公民館、学校等へ速やかに避難を開始してください。
公民館、学校には自衛隊、警察関係の人間が皆様を安全な場所へご案内致します。
有毒ガスは、少しでも吸引すると肺を始めたとした様々な臓器が急速に壊死を始めます。吸引した量にもよりますが、約2分ほど経つと意識を失い、心肺停止します。
「有毒ガス?それに日野ビルって祐二の家の近くじゃん。」
文章はまだ続いていた。しかしそこから先に書いていた内容は幸也にも、優花にも、デパートに買い物にきていた他の客にも、理解のできないものであった。
――心肺停止した人間はしばらくすると『心肺停止をしたまま』起き上がります。
この起き上がった人間には絶対に近付かないでください。家族であっても友人であっても、絶対に近付いてはなりません。もし目の前でこの有毒ガスを吸引し倒れた人間がいた場合、速やかにその倒れた人間から離れ、避難所へ向かってください。
「心肺停止したまま人間が起き上がる…?なんで?」
理解が追いつかなかった。周りの買い物客も同様、再び困惑している。しかし、緊急速報の内容を理解しきる間もなく、店内アナウンスが流れた。
「このデパート、JOSCOのスタッフがお客様を最寄りの学校である市谷北高等学校まで引率致しますので、速やかに1階駐車場までお集まりください。繰り返します。JOSCOのスタッフがお客様を最寄りの学校である市谷北高等学校まで引率致しますので、速やかに1階駐車場までお集まりください。」
買い物客がぞろぞろと動き出した。
「優花、俺たちも行くぞ。」
幸也が優花の手を引いて買い物客の背中を追おうとした。
「待ってお兄ちゃん!これどうしよう…」
優花の手にはまだ会計を済ませていない、うさぎの携帯ストラップが握られていた。今日はこの優花の誕生日プレゼントを買うために二人でデパートまで出かけてきたのだ。これから服などを見るつもりだったが、服のコーナーへ向かう途中で見つけたこのストラップを気に入ったらしく、ずっと握っていた。
買い物客の方を見てみると、何人か商品を持ったまま移動している客がいるのが見えた。
「いいんじゃないか、持っていけば。何か言われたら焦ってそのまま持ってきてしまいました~、みたいなこと言っておけばいいだろうし。」
幸也が買い物客の方を向いたまま答えた。
「うん!」
優花が少し嬉しそうに頷いた。
外に出てみると、住民が近隣住民の家へ向かい、呼びかけ、一緒に避難している姿がいくつも見えた。
「お客様方は急いで二列にお並びください!!」
スタッフ15名程度が買い物客へ呼びかける。幸也と優花も列に加わった。ほどなくして買い物客の列は幸也や優花、祐二が通う市谷北高等学校に向かって動き出した。